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北条貞顕

武将、鎌倉幕府第15代執権[日本]

(正慶2年5月22日没)

(ユリウス暦) 1333年 7月4日 死去自刃享年56歳

北条貞顕 - ウィキペディアより引用
北条 貞顕(ほうじょう さだあき)は、鎌倉時代末期の武将。
北条氏の一門で鎌倉幕府第12代連署(在職:正和4年(1315年)7月12日 - 嘉暦元年(1326年)3月16日)、第15代執権(在職:正中3年3月16日(1326年4月19日) - 正中3年3月26日(1326年4月29日))。
父は金沢流の北条顕時。
母は摂津の御家人である遠藤為俊の娘・入殿。
金沢文庫で有名な北条実時の孫に当たる。
生涯 家督相続 名の貞顕は北条貞時の「貞」と顕時の「顕」を組み合わせたものといわれる。
永仁2年(1294年)12月26日に左衛門尉・東二条院蔵人に輔任された。
ただしこの官職は北条一門では低いほうで庶子扱いであり、出仕が17歳の時というのも遅いものである。
これは弘安8年(1285年)11月の霜月騒動で父の顕時が連座して失脚(顕時の正室は安達泰盛の娘・安達千代野である)していたことが影響していたとされる。
永仁4年(1296年)4月12日に従五位下に叙され、4月24日に右近将監に輔任されるに及んで、ようやく他家の嫡子並に扱われることになった。