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北条政村

武将、鎌倉幕府第7代執権[日本]

(文永10年5月27日没)

(ユリウス暦) 1273年 6月13日 死去享年69歳

北条 政村(ほうじょう まさむら)は、鎌倉時代前期から中期にかけての北条氏の一門。
鎌倉幕府第7代執権(在職:1264年 - 1268年)。
2代執権北条義時の五男。
母は継室の伊賀の方。
3代執権北条泰時は異母兄にあたる。
政村流北条氏の祖であり、12代執権北条煕時は曾孫にあたる。
13代執権北条基時も血縁的には曾孫である。
幼少の得宗家北条時宗(泰時の曾孫)の代理として7代執権となり、辞任後も連署を務めて蒙古襲来の対処にあたり、一門の宿老として嫡流の得宗家を支えた。
少年期 元久2年(1205年)6月22日、畠山重忠の乱で重忠親子が討伐された日に誕生。
義時にはすでに3人の男子がいたが、23歳の長男泰時は側室の所生で、13歳の次男朝時の母は正室だったが離別しており、政村は現正室伊賀の方所生では長男であった。
建保元年(1213年)12月28日、7歳で3代将軍源実朝の御所で元服し、四郎政村と号す。
元服の際烏帽子親を務めたのは三浦義村だった(このとき祖父時政と烏帽子親の義村の一字をもらい、政村と名乗る)。