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足利義持

室町幕府第4代将軍[日本]

(応永35年1月18日没)

(ユリウス暦) 1428年 2月3日 死去享年43歳

足利義持 - ウィキペディアより引用

足利 義持(あしかが よしもち)は、室町幕府第4代将軍(在任:応永元年(1394年) - 応永30年(1423年))。
父は3代将軍・足利義満。
母は安芸法眼の娘で側室の藤原慶子。
父の死後、勢力を盛り返す守護大名の中にあって調整役として機敏に立ち回った将軍で、室町幕府の歴代将軍の中で比較的安定した政権を築き上げた。
なお、義持の将軍在職28年は歴代室町将軍中最長の在任期間である。
生涯 出生・将軍職相続 元中3年/至徳3年(1386年)2月12日、第3代将軍・足利義満の子として生まれる。
異母兄に尊満とその同母弟の宝幢若公(早世)がいたが、義持は嫡子として扱われた。
応永元年(1394年)12月17日、義満より将軍職を譲られ、9歳で第4代将軍に就任する。
同日、元服して正五位下左近衛中将に叙任した(元服奉行は万里小路嗣房、理髪役は日野重光、加冠役は義満、将軍宣下の上卿は日野資教、奉行は油小路隆信)。
なお、義持の叙位に関して朝廷は当初、義満の先例に倣い従五位下に叙す考えであったが、義満が満足しなかったため詮議し直し、義満の権力の強大さを考慮して摂関家に準ずる位を与えた。

あしかがよしもち [生]元中3=至徳3(1386).2.12.[没]正長1(1428).1.18.京都室町幕府4代将軍(在職1394~1423)。義満の子。母は藤原慶子。9歳で将軍職を継いだが,政務は義満がとった。応永9(02)年従一位,同16年内大臣となる。同15年に没した義満に太上法皇の称号を贈ろうとする朝議を辞し,また同26年明との国交を断絶するなど,義満の施政を改めた。同23年関東に起った上杉禅秀の乱に参画した弟義嗣を同25年に殺害。同30年には子義量に将軍職を譲って出家したが,2年後,義量が死ぬと再び政務をとった。死にのぞみ,男子がなく,後継者を指名せず,その選定を宿老にまかせた。 (引用元 コトバンク)