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アフマド・カディロフ 氏

チェチェン大統領[チェチェン]

2004年 5月9日 死去暗殺享年歳

アフマド・カディロフ - ウィキペディアより引用
アフマド・アブドゥルハミドヴィッチ・カディロフ(Ахмад Кадыров、Akhmad Abdulkhamidovich Kadyrov。
1951年8月23日 - 2004年5月9日)は、チェチェンの政治家、軍人、聖職者。
イスラム教の高位聖職者で、チェチェン地方のムフティー(法解釈者)を務め、イスラム教勢力を代表する存在であった。
日本の報道では朝日新聞のみがカドイロフと表記している。
第一次紛争ではロシアとの戦いを「聖戦(ジハード)」とするファトワーを出すなど独立派の精神的指導者として行動した。
戦後に成立したマスバトフ政権ではワッハーブ派を信仰するシャミル・バサエフ国防大臣ら強硬派を嫌って、彼らと対立する大統領を支持する。
しかしマスバトフがバサエフ派切り崩しを狙ってワッハーブ派を庇護する事に反対した為、政権から追放される。
以後は第三勢力として両者と睨み合う関係にあったが、第二次紛争でマスバトフ・バザエフ双方を敵視したロシア軍の後ろ盾を得てチェチェン行政府長官に就任、反対勢力の掃討に成功する。

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