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月亭可朝 氏(つきていかちょう)

落語家[日本]

2018年 3月28日 死去急性肺腺維症享年81歳

初代月亭 可朝(つきてい かちょう、1938年〈昭和13年〉3月10日 - )は、神奈川県横浜市出身(同県三浦郡葉山町生まれ)、兵庫県西宮市在住の落語家・漫談家。
本名は鈴木 傑(すずき まさる)。
「月亭一門」として亭号を名乗り、弟子に月亭八方など、孫弟子に八光や方正などをもつ。
通称「カチョヤン」。
桂米朝一門であるが、一門の多くが米朝事務所に所属しているのに対し、デビューしてから長年吉本興業に所属し、ケーエープロダクションを経て、2009年5月現在は元ケーエーの社長が独立して立ち上げたプロダクションスパンキープロダクションに所属していたが、現在はフリー。
カンカン帽をトレードマークとし、ギターを使った漫談で売り出す。
それをレコード化した一連のコミックソング(「歌笑曲」と称す)は大ヒットを記録。
「ボインやでぇ」のフレーズは有名。
無類の賭事好きや破天荒な私生活がクローズアップされ、自身の名前が出ただけでも笑いを生む稀有な人物。
定紋は月紋、または結び柏。
出囃子は「ああそれなのに」、または「芸者ワルツ」。
風貌が「フランシスコ・ザビエル」に似ているため、1991年10月から1995年3月まで『ハイ!可朝ですABC』(朝日放送)で自身初の帯ワイド番組のパーソナリティを務めていた時に「ザビエル可朝」と呼ばれていた。

落語家、漫談家。1938年に神奈川県で生まれ、幼少期に大阪へ転居した。本名は鈴木傑(すずきまさる)。58年、上方落語の三代目林家染丸に入門するが、後に桂米朝一門に移り、桂小米朝を名乗った。68年、途絶えていた月亭の亭号を継いで初代月亭可朝となった。古典落語「算段の平兵衛」などを得意としたほか、ギターの弾き語りによる漫談でも人気を集めた。69年にはコミックソング「嘆きのボイン」が大ヒット。直弟子に月亭八方ら、孫弟子に八光、方正らがいる。2018年3月28日に80歳で死去した。 (2018-4-12) (引用元 コトバンク)