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井伊直弼(いいなおすけ)

彦根藩主、江戸幕府大老[日本]

(安政7年3月3日没)

1860年 3月24日 死去暗殺享年46歳

井伊直弼 - ウィキペディアより引用

井伊 直弼(いい なおすけ)は、幕末の譜代大名。
近江彦根藩の第15代藩主(16代藩主、13代当主という数え方もある)。
幕末期の江戸幕府にて大老を務め、日米修好通商条約に調印し、日本の開国近代化を断行した。
また、強権をもって国内の反対勢力を粛清したが(安政の大獄)、それらの反動を受けて暗殺された(桜田門外の変)。
幼名は鉄之介(てつのすけ)、のち、鉄三郎(てつさぶろう)。
諱は直弼(なおすけ)。
雅号には、埋木舎(うもれぎのや)、柳王舎(やぎわのや)、柳和舎(やぎわのや)、緑舎、宗観(そうかん)、無根水(むねみ、旧字体:无根水)がある。
大獄を行って以降は井伊の赤鬼(いいのあかおに)の渾名でも呼ばれた。
生涯 家督相続まで 文化12年(1815年)10月29日、第13代藩主(14代藩主、11代当主という数え方もある)・井伊直中の十四男として近江国犬上郡(現在の滋賀県彦根市金亀町)の彦根城の二の丸で生まれる。

幕末の大老・彦根藩主。幼名は鉄之介、のち鉄三郎、字は応卿、号に无根水・埋木舎・柳王舎・雲竜・澍露軒等。安政5年(1858)大老に就任し、一橋(徳川)慶喜擁立派を押さえて十四代将軍を徳川慶福(家茂)に定めた。また米国総領事ハリスとの間に日米修好通商条約を締結、これに反対する大名・公卿・志士らを弾圧する安政の大獄を断行。禅・国学・和歌など諸学芸に通じ、茶人としても知られる。万延元年(1860)桜田門外の変において歿、46才。 (引用元 コトバンク)