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水の江瀧子 氏(みずのえたきこ)

女優、映画プロデューサータレント[日本]

2009年 11月16日 死去老衰享年95歳

水の江瀧子 - ウィキペディアより引用

水の江 瀧子(みずのえ たきこ、1915年2月20日 - 2009年11月16日)は、日本の女優、映画プロデューサー、タレント。
1928年に東京松竹楽劇部(後の松竹少女歌劇部、松竹歌劇団)に第1期生として入団。
日本の女性歌劇史上初めて男性様に断髪した男役で「男装の麗人」の異名を取り、「ターキー」の愛称と共に1930~40年代にかけて国民的人気を博した。
1942年の松竹退団後は劇団主宰、映画女優などを経て1955年に日活とプロデューサー契約。
日本初の女性映画プロデューサーとなり、石原裕次郎を筆頭に、浅丘ルリ子、長門裕之、岡田真澄、和泉雅子、赤木圭一郎ら数々の俳優や、中平康、蔵原惟繕といった監督を発掘・育成し、『太陽の季節』、『狂った果実』など70本以上の映画を企画、日活の黄金時代を支えた。
また、『NHK紅白歌合戦』の司会を2度務めたほか、『ジェスチャー』、『独占!女の60分』といった番組に携わった。
50年以上に渡り芸能活動を続けたが、1984年に甥の三浦和義が妻の不審死に関わったのではないかとしてマスメディアを賑わせた「ロス疑惑」のスキャンダルに巻き込まれ、芸能界を引退。

【みずのえたきこ】 女優,映画プロデューサー。北海道小樽市に生まれる。本名は三浦ウメだが,後に水の江瀧子に改名した。松竹少女歌劇団のスターとして,「ターキー」と呼ばれ1930年代にアイドル的な人気を得た。戦後は舞台,映画,テレビ番組に出演するかたわら,日活のプロデューサーとしても活躍,石原裕次郎,浅丘ルリ子らを育てた。いわゆる「ロス疑惑」事件の三浦和義が甥にあたることから,マスメディアの執拗な取材に追われ,1989年に芸能界を引退した。 (引用元 コトバンク)