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石上玄一郎 氏(いしがみげんいちろう)

作家[日本]

2009年 10月5日 死去急性心不全享年100歳

石上 玄一郎(いしがみ げんいちろう 1910年3月27日 - 2009年10月5日)は作家。
姓は「いそのかみ」と誤読されていた時期もあるが、1981年頃から訂正した。

本名上田重彦。
父上田寅次郎、母光子の長男として北海道札幌市に生まれる。
3歳で母を、5歳で父を失う。

有島武郎の親友だった父は、1915年、死の床で重彦を有島に引会せ、息子を将来小説家にしたいからと後事を托していた。

1916年、妹と共に父の郷里の岩手県盛岡市へ移住。
祖母に育てられる。
1923年、岩手県立盛岡中学校(現在の岩手県立盛岡第一高等学校)入学の年に有島が自殺。
中学在学当時から創作に手を染めていた。

1927年、四年修了で弘前高等学校 (旧制) 弘前高等学校文科乙類(独法)に入学。
同年10月、『校友会雑誌』にプロレタリア文学『予言者』を発表し、注目を浴びる。
この作品に衝撃を受けた同学年の津島修治(後年の太宰治)は、1928年5月、自らが主宰する同人誌『細胞文藝』の創刊に際して石上に接触を図ったが、両者の話は噛み合わなかった。

小説家 1910〜 北海道札幌市に生まれる。 太宰治と同学年の弘前高等学校文科を、卒業間際に放校され、放浪と窮乏と逮捕と寄食とデカダンな日々を経て、作家生活に入る。 孤立した作風の特異さで文壇の一画に地歩を占めた。 (引用元 Hatena Keyword)

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