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お由羅の方(おゆらのかた)

島津斉興 側室[日本]

(慶応2年10月28日没、島津久光の生母)

1866年 12月4日 死去享年72歳

由羅(ゆら、寛政7年(1795年)- 慶応2年10月28日 (旧暦) 10月28日(1866年12月4日)は薩摩藩主・島津斉興の側室である。
「遊羅」とも表記する。
名字は「岡田氏」を名乗ったが、町人の出身である。
法名は「妙深忍大弾定尼」(一説には「妙浄寛忍大禅定尼」)。

出身については江戸の大工・工藤左衛門の娘と言われているが、江戸・三田の八百屋の娘、その他に舟宿の娘など多数の説がある。
薩摩藩邸で奉公していた際に斉興に見初められ、老女・島野の養女となり斉興の側室となる。
藩邸には正室・弥姫(周子)がいたため、由羅は薩摩に置かれたが、参勤交代の度に江戸と薩摩に由羅を連れて行くほど斉興の寵愛は深かったともいわれているが、斉興が弥姫以外に子を生ませた初めての女性は関根氏であり、文化 (元号) 文化10年(1813年)10月12日に順姫を生ませており、由羅が文化12年(1815年)12月28日に智姫を生んだ翌年の文化13年(1816年)5月に関根氏との間に男子を生んでいる(翌月死去)。
側室の中では斉興の子を多く生んでいた方であったが、弥姫を超えて寵愛されたとは言い難い。
なお江戸中期頃の薩摩藩には御国御前になった側室を参勤交代の度に江戸と薩摩に連れて行く先例があった。
また由羅は弥姫が最後に生んだ珍之助が生まれた翌年に唯七郎を生むが、その後、斉興との間に子を生むことなく、天保元年(1830年)に斉興の最後の子を生んだのは、西良岱成駿の娘であった。
(『伊地知季安著作史料集』に国夫人となった後の島津吉貴生母於重(二階堂氏)が延宝2年と天和 (日本) 天和2年の2回に渡り、島津綱貴の参勤交代に同行している。
なお延宝2年の際には翌年に薩摩に戻り、綱貴を出生している。
)。


題名
お由羅の方―南国の夢いくたびか薩摩藩お家騒動のヒロイン (ロマン・コミックス 人物日本の女性史 27)
著者
吉川さなえ
発売元
世界文化社
発売日
1986-01-01
新品価格
より
中古商品
¥ 2,000 より

「お由羅の方」と関連する人物(故人)

島津斉興 大正天皇 島津斉彬 昭和天皇

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