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岡鹿之助 氏(おかしかのすけ)

画家[日本]

1978年 4月29日 死去心不全享年81歳

岡鹿之助 - ウィキペディアより引用

岡 鹿之助(おか しかのすけ、1898年(明治31年)7月2日 - 1978年(昭和53年)4月28日)は、昭和時代に活躍した洋画家。
東京府麻布区出身。
文化勲章受章者。
劇評家岡鬼太郎の長男として東京に生まれる、実弟に岡畏三郎(美術史家、2010年に96歳で没)。
鹿之助は自分の絵のマチエールが西洋絵画のそれに比べて劣ることに悩み、試行錯誤の末到達したのが彼の作風を特徴づける点描画法である。
西洋近代絵画史において点描画法を用いる代表的な作家としてジョルジュ・スーラが挙げられるが、当時の鹿之助はそのころまだ無名に近かったスーラの作品は知らなかったという。
スーラの点描法は、キャンヴァス上に並置された異なった色の2つの点が視る人の網膜上で混合し別の色を生み出すという、「視覚混合」の理論を応用したものであったのに対し鹿之助の点描はむしろ同系色の点を並置することによって堅固なマチエールを達成しようとするものである。

おかしかのすけ [生]1898.7.2.東京[没]1978.4.28.東京洋画家。劇評家岡鬼太郎の長男。麻布中学校在学中から岡田三郎助に素描を学び,1919年東京美術学校に入学。24年同校西洋画科卒業後すぐにフランスへ留学,サロン・ドートンヌ,アンデパンダン展などに出品を続け,サロン・ドートンヌ会員となった。16年間近くフランスに滞在,39年に帰国。翌40年より春陽会会員として活躍。64年日本芸術院賞を受賞,68年日本芸術院会員,72年文化勲章受章。知的な画面構成と新印象派の点描につながる筆致により,静かで情感のこもった作品を制作。また絵具,絵画技術に関しても造詣が深い。生涯独身で過した。主要作品『遊蝶花』(1951,下関市立美術館),『雪の発電所』(56,ブリヂストン美術館),『群落(B)』(62,東京国立近代美術館),『段丘』(78)。著書に『フランスの画家たち』(49),『ジョルジュ・スーラ』などがある。 (引用元 コトバンク)