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井深大 氏(いぶかまさる)

ソニー 創業者・元社長・元会長[日本]

1997年 12月19日 死去享年90歳

井深大 - ウィキペディアより引用

井深 大(いぶか まさる、1908年(明治41年)4月11日 - 1997年(平成9年)12月19日)は、日本の電子技術者および実業家。
盛田昭夫とともにソニーの創業者の一人。
生涯 栃木県上都賀郡日光町(現在の日光市)に生まれる。
祖先は会津藩の家老であり、親戚には飯盛山で自刃した白虎隊の井深茂太郎や明治学院総理を歴任した井深彦三郎、ハンセン病に一生を捧げカトリック看護師協会の会長を歴任した井深八重がいる。
2歳の時、青銅技師で水力発電所建設技師あった父、甫の死去に伴い、愛知県安城市に住む祖父の基に引き取られる。
母と共に5歳から8歳まで東京に転居、その後は再び愛知県へ戻り、安城第一尋常小学校(現在の安城市立安城中部小学校)卒業。
のちに再婚した母に従い、母の嫁ぎ先の神戸市葺合区(現在の中央区)に転居。
兵庫県立第一神戸中学校、第一早稲田高等学院、早稲田大学理工学部卒業。
学生時代から奇抜な発明で有名であった。
卒論は「変調器としてのケルセル 附光線電話」。
東京芝浦電気(現在の東芝)の入社試験を受けるも不採用。
大学卒業後、写真化学研究所(Photo Chemical Laboratory、通称:PCL) に入社、取締役であった増谷麟の屋敷に下宿する。

いぶかまさる [生]1908.4.11.栃木,日光[没]1997.12.19.東京昭和期の実業家。早稲田大学在学中に「動くネオン」を開発し,パリ万国博覧会で優秀発明賞を受賞。1940年,日本測定機器の常務となり,熱線誘導兵器の開発中に盛田昭夫と出会い,1946年に東京通信工業(のちのソニー)を設立。1950年に同社社長,1971年に会長,1976年に名誉会長に就任。テープレコーダ,トランジスタラジオの開発をはじめ,ウォークマン(ヘッドホン付き携帯用カセットテープ・プレーヤ,商品名),携帯用8ミリビデオテープレコーダなどの大ヒット商品を送り出し,日本のみならず世界の音響機器,家電機器分野を常にリードしてきた。1989年に文化功労者となり,1992年に文化勲章を受章。 (引用元 コトバンク)