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島尾敏雄 氏(しまおとしお)

作家[日本]

1986年 11月12日 死去脳梗塞享年70歳

島尾敏雄 - ウィキペディアより引用

島尾 敏雄(しまお としお、1917年(大正6年)4月18日 - 1986年(昭和61年)11月12日)は、日本の作家である。
第十八震洋特攻隊隊長として、奄美群島加計呂麻島に赴任。
1945年8月13日に特攻戦が発動され、出撃命令を受けたが発進の号令を受けぬまま即時待機のうちに終戦を迎える。
作品は超現実主義的な「夢の中での日常」などの系列、戦争中の体験を描いた「出発は遂に訪れず」などの系列、さらに家庭生活を描いた「死の棘」などの系列に大別される。
また生涯書き続けられ、小説作品との決定的な差異は無いとされる日記や紀行文など記録性の高いテキスト群や南島論なども高い比重を占める。
妻は同じく作家の島尾ミホ。
長男は写真家の島尾伸三で、漫画家のしまおまほは孫にあたる。
心因性の精神症状に悩む妻との生活を描いた『死の棘』は小栗康平によって映画化され、第43回カンヌ国際映画祭にて最高賞パルム・ドールに次ぐ、 審査員グランプリを受賞した。
「ヤポネシア」なる概念を考案したことでも知られる。
年譜 1917年(大正6年) - 横浜市で輸出絹織物商の長男として生まれる。

しまおとしお [生]1917.4.18.横浜[没]1986.11.12.鹿児島小説家。1943年学徒出陣のため九州大学文科を繰上げ卒業。海軍予備学生となり,特攻隊隊長として赴任した奄美群島加計呂麻(かけろま)島で恋愛,のちこの恋人と結婚。47年神戸外国語大学講師となり,『島の果て』(1948),『出孤島記』(49)などで戦時下の極限状況を原体験にもつ作家として出発。55年神経を病む妻の故郷奄美大島に移住して『離脱』(60),『死の棘』(60),『日のちぢまり』(64)など生や愛の根源に迫る力作を書いた。ほかに『夢の中での日常』(48),『われ深きふちより』(55),『出発は遂に訪れず』(62)など。81年日本芸術院賞受賞。芸術院会員。 (引用元 コトバンク)