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松原操 氏(まつばらみさお)

歌手[日本]

(別名義:ミス・コロムビア)

1984年 6月19日 死去享年74歳

松原操 - ウィキペディアより引用

松原 操(まつばら みさお、1911年3月28日 - 1984年6月19日)は主に戦前期に活躍した女性流行歌歌手。
戦前まではミス・コロムビアという名でも活躍した。
本名は、1939年の歌手・霧島昇(本名:坂本栄吾)との結婚後に坂本操になっている。
生涯 1911年(明治44年)3月28日、北海道小樽区(現・小樽市)生まれ。
東京音楽学校(現:東京芸術大学)卒業後、1933年(昭和8年)、コロムビアのテストに合格。
当時、ビクターの小林千代子がデビュー当時に「金色仮面」として売り出したところ話題を呼び、後にヒット歌手となったことから、コロムビアも松原操を売り出すために「ミス・コロムビア」という覆面歌手として、宣伝の写真にも目隠しをして『浮草の唄』で彼女をデビューさせた。
1933年、人気スター・伏見信子と人気子役の高峰秀子が共演した松竹映画『十九の春』の同名の主題歌が、ポリドールからコロムビアが引き抜いてきた江口夜詩の作曲により、ミス・コロムビアの歌で発売されると大ヒット。

1911年3月28日〜1984年6月19日 主に日本の第二次大戦前期に活躍した女性流行歌歌手。戦前まではミス・コロムビアという名でも活躍した。 (引用元 Hatena Keyword)