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品川弥二郎(しながわやじろう)

長州藩士政治家、内相、子爵[日本]

1900年 2月26日 死去肺炎享年58歳

品川弥二郎 - ウィキペディアより引用
品川 弥二郎(しながわ やじろう、天保14年閏9月29日(1843年11月20日)- 明治33年(1900年)2月26日)は、日本の武士(長州藩士)、政治家。
勲一等子爵。
名は省吾、弥吉。
号は扇洲。
別称に橋本八郎、松本清熊などがある。
天保14年(1843年)、長州藩の足軽・品川弥市右衛門と池田六左衛門の長女まつの長男として生まれた。
安政5年(1858年)、松下村塾に入門して吉田松陰から教えを受けるが、安政6年(1859年)に安政の大獄で松陰が刑死すると、高杉晋作らと行動を共にして尊王攘夷運動に奔走し、英国公使館焼き討ちなどを実行している。
元治元年(1864年)の禁門の変では八幡隊長として参戦し、のちに太田市之進、山田顕義らと御楯隊を組織した。
慶応元年(1865年)、木戸孝允と共に上京して情報収集と連絡係として薩長同盟の成立に尽力した。
戊辰戦争では奥羽鎮撫総督参謀、整武隊参謀として活躍する。
明治維新後の明治3年(1870年)、渡欧して普仏戦争を視察するなどドイツやイギリスに留学する。