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ミケランジェロMichelangelo di Lodovico Buonarroti Simoni

彫刻家画家建築家詩人[イタリア]

(ユリウス暦) 1564年 2月18日 死去享年90歳

ミケランジェロ - ウィキペディアより引用

『ミケランジェロ・ブオナローティ』より : ミケランジェロ・ディ・ロドヴィーコ・ブオナローティ・シモーニ(伊: Michelangelo di Lodovico Buonarroti Simoni、1475年3月6日 - 1564年2月18日)は、イタリア盛期ルネサンス期の彫刻家、画家、建築家、詩人。
西洋美術史上のあらゆる分野に、大きな影響を与えた芸術家である。
ミケランジェロ自身が本業と考えていた彫刻分野以外の作品は決して多くはないにもかかわらず、様々な分野で優れた芸術作品を残したその多才さから、レオナルド・ダ・ヴィンチと同じく、ルネサンス期の典型的な「万能人」と呼ばれることもある。
ミケランジェロは存命中から非常に優れた芸術家として高い評価を得ており、現在でも西洋美術史上における最高の芸術家の一人と見なされている。
ミケランジェロが制作した絵画、彫刻、建築のいずれをとっても、現存するあらゆる芸術家の作品のなかで、最も有名なものの一つとなっている。
長寿を保ったミケランジェロの創作活動は前述以外の芸術分野にも及ぶ膨大なもので、書簡、スケッチ、回想録なども多く現存している。

MichelangelodiLodovicoBuonarroti-Simoni [生]1475.3.6.カプレーゼ[没]1564.2.18.ローマイタリアの画家,彫刻家,建築家。1488年にギルランダイオ兄弟の工房に入ったが,翌年からメディチ家の彫刻学校で学び,ロレンツォ・デ・メディチの庇護を受けた。92年のロレンツォの死後,ボローニャに滞在。96~1501年頃ローマで『ピエタ』(サン・ピエトロ大聖堂)を制作。01~05年フィレンツェで『ダビデ』(フィレンツェ・アカデミア美術館)を制作。05~06年ローマで教皇ユリウス2世の墓碑を制作したが中断,フィレンツェに戻ったが,08~12年再びローマでシスティナ礼拝堂の天井画を制作。その後フィレンツェでメディチ家礼拝堂と墓碑を制作。また城塞構築にも従事。33年にはローマでシスティナ礼拝堂の『最後の審判』を制作し,さらにサン・ピエトロ大聖堂の大円蓋の設計やカンピドリオ広場を再構成した。晩年はピエタ像の制作に没頭。ルネサンスの大画家,古代ギリシア以来の最大の彫刻家として知られ,ペトラルカ風の詩作も試み,死後『詩集』Rime(1623)が出版された。 (引用元 コトバンク)