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足利義満(あしかがよしみつ)

室町幕府第3代将軍[日本]

(応永15年5月6日没)

(ユリウス暦) 1358年 9月25日 死去享年51歳

足利義満 - ウィキペディアより引用

足利 義満(あしかが よしみつ)とは、室町時代前期の室町幕府第3代将軍(在職1368年 - 1394年)である。
父は第2代将軍足利義詮、母は側室の紀良子。
南北朝の合一を果たし、有力守護大名の勢力を押さえて幕府権力を確立させ、鹿苑寺(金閣)を建立して北山文化を開花させるなど、室町時代の政治、経済、文化の最盛期を築いた。
義満が邸宅を北小路室町へ移したことにより、義満は「室町殿」とも呼ばれた。
のちに足利将軍を指す呼称となり、政庁を兼ねた将軍邸は後に歴史用語として「室町幕府」と呼ばれることになった。
生涯 幼少期 正平13年/延文3年(1358年)8月22日、京都春日東洞院にある幕府政所執事の伊勢貞継入道照禅の屋敷で生まれる。
尊氏の死からちょうど100日目のことである。
幼児期は伊勢邸で養育された。
義満は長男ではなかったが、義詮と正室の渋川幸子との間に生まれていた千寿王は夭折してその後幸子との間に子は無く、義満誕生の前年にも義詮と紀良子の間には男子(名前不明)が生まれていたが、義満は嫡男として扱われた。

室町幕府三代将軍。二代将軍義詮の男。幼名は春王。父の死後10才で家督を継ぎ、応安元年将軍に就任した。成人後管領細川頼之を廃し親政を開始、南北朝合体や土岐・山名・大内氏の弾圧、明との国交回復に成功し、幕府権力を確立した。また朝儀にも精通し、太政大臣として朝廷内でも権力を奮った。出家後は京都北山に金閣を建て、いわゆる北山文化を開花させた。応永15年(1408)歿、49才。 (引用元 コトバンク)