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後醍醐天皇(ごだいごてんのう)

第96代天皇[日本]

(延元4年8月16日崩御)

(ユリウス暦) 1339年 9月19日 死去享年52歳

後醍醐天皇 - ウィキペディアより引用

後醍醐天皇(ごだいごてんのう)は、鎌倉時代後期から南北朝時代初期にかけての第96代天皇にして、南朝の初代天皇(在位:文保2年2月26日(1318年3月29日) - 延元4年/暦応2年8月15日(1339年9月18日))。
ただし、以下で記述するとおり、歴史的事実としては在位途中に二度の廃位と譲位を経ている。
諱は尊治(たかはる)。
鎌倉幕府を倒して建武新政を実施したものの、間もなく足利尊氏の離反に遭ったために大和吉野へ入り、南朝政権(吉野朝廷)を樹立した。
生涯 大覚寺統・後宇多天皇の第二皇子。
生母は、内大臣花山院師継の養女・藤原忠子(談天門院、実父は参議五辻忠継)。
正応元年11月2日(1288年11月26日)に誕生し、正安4年(1302年)6月16日に親王宣下。
嘉元元年(1303年)12月20日に三品に叙品。
嘉元2年(1304年)3月7日に大宰帥となり、帥宮(そちのみや)と呼ばれた。
また、徳治2年(1307年)5月15日には、中務卿を兼任している。
即位 徳治3年(1308年)に持明院統の花園天皇の即位に伴って皇太子に立てられ、文保2年2月26日(1318年3月29日)花園天皇の譲位を受けて31歳で践祚、3月29日(4月30日)に即位。

ごだいごてんのう [生]正応1(1288).11.2.京都[没]延元4=暦応2(1339).8.16.吉野第96代の天皇(在位1318~39)。名は尊治。後宇多天皇の第2皇子。母は談天門院忠子(参議藤原忠継の娘)。文保2(18)年即位。後宇多法皇の院政のもとにあったが,元亨1(21)年から院政を廃して天皇親政を復活した。まず吉田定房,北畠親房らの人材を集め,記録所を再興し,政治の改革に努めた。しかし天皇政治をはばむ根源が鎌倉幕府にあることを痛感すると,日野資朝,俊基らの公卿とともに討幕計画を進めた。正中の変,元弘の乱と2度とも失敗に終り,元弘2=正慶1(32)年隠岐に流されたが,のち隠岐を脱出して伯耆に移り,幕府が滅亡すると京都に帰還し,建武中興が開始された。しかし足利尊氏の離反で挫折して天皇は吉野に逃れた。『建武年中行事』『建武日中行事』の著がある。陵墓は奈良県吉野郡吉野町の塔尾陵。 (引用元 コトバンク)