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法然(ほうねん)

、浄土宗開祖[日本]

(建暦2年1月25日入滅)

(ユリウス暦) 1212年 2月29日 死去享年80歳

法然 - ウィキペディアより引用

法然(ほうねん、長承2年(1133年) - 建暦2年(1212年))は、平安時代末期から鎌倉時代初期の日本の僧である。
はじめ山門(比叡山)で天台宗の教学を学び、承安5年(1175年)、専ら阿弥陀仏の誓いを信じ「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば、死後は平等に往生できるという専修念仏の教えを説き、のちに浄土宗の開祖と仰がれた。
法然は房号で、諱は源空(げんくう)。
幼名を勢至丸。
通称は黒谷上人・吉水上人とも。
謚号は、慧光菩薩・華頂尊者・通明国師・天下上人無極道心者・光照大士である。
大師号は、500年遠忌の行なわれた正徳元年(1711年)以降、50年ごとに天皇より加謚され、平成23年(2011年)現在、円光大師・東漸大師・慧成大師・弘覚大師・慈教大師・明照大師・和順大師・法爾大師である。
『選択本願念仏集』(『選択集』)を著すなど、念仏を体系化したことにより、日本における称名念仏の元祖と称される。
浄土宗では、善導を高祖とし、法然を元祖と崇めている。
浄土真宗では、法然を七高僧の第七祖とし、法然上人・源空上人と称し、元祖と位置付ける。

法然(1133-1212) 浄土宗の開祖。親鸞の師。諱(いみな)は源空。 岡山県美作に生まれる。一五歳のときに、比叡山に登り出家。一八歳のときに、比叡山黒谷の叡空に師事。房号に法然房を得る。 四三歳のとき、善導の『観無量寿経疏』「散善義」を読み、専修念仏の教えに帰依。 五一歳のとき、比叡山を下り、東山吉水に庵を結び、念仏の教えを広める。 六六歳のとき、九条兼実の勧めにより、主著『選択集』を撰述。その三年後に、親鸞が弟子となる。 七五歳のときに、後鳥羽上皇によって四国に流罪となる。八〇歳で没。 (引用元 Hatena Keyword)