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ルイ13世

フランス国王[フランス]

1643年 5月14日 死去享年43歳

ルイ13世 - ウィキペディアより引用

『ルイ13世 (フランス王)』より : ルイ13世(フランス語: Louis XIII、1601年9月27日 - 1643年5月14日)は、ブルボン朝第2代のフランス国王(在位:1610年5月14日 - 1643年5月14日)。
ナバラ国王としてはルイス2世(バスク語: Luis II.a)。
ブルボン朝創成期の王である。
父王アンリ4世の暗殺により幼くして即位した。
母后マリーが摂政を務めるが、成年すると母后を排除している。
リュイヌ公シャルル・ダルベール、次いで有能なリシュリュー枢機卿を重用してユグノーなどの国内の抵抗勢力を制圧し、国外では三十年戦争でハプスブルク家と戦い、国政を整備して最初期の絶対君主の一人となった。
また、ブルボン朝で初めてハプスブルク家と政略結婚した。
生涯 出生 アンリ4世と王妃マリー・ド・メディシスの長子としてフォンテーヌブロー宮殿で生まれた。
王の息子であるルイはフィス・ド・フランスの称号を与えられ、長男だったためドーファン(王太子)となった。
父アンリはサリカ法に則り、母方では又従弟であるアンリ3世から王位を継ぎ、ブルボン朝初代のフランス王となった人物である。

ルイじゅうさんせいLouisXIII,leJuste [生]1601.9.27.フォンテンブロー[没]1643.5.14.サンジェルマンアンレフランス王(在位1610~43)。アンリ4世とマリ・ド・メディシスの長男。1610年幼少でブルボン朝第2代の王として即位したものの母后の摂政により政治から遠ざけられていた。17年腹臣リュイーヌ公を起用し,C.コンチーニを暗殺して権力を奪い親政を行なったが,国内の混乱,動揺が絶えず,国政の秩序回復のため,24年枢機卿リシュリューを国務会議に入れ事実上の宰相として国政にあたらせた。対内的にはユグノー派を弾圧,対外的にはハプスブルク家と対抗,三十年戦争に加わりスペインと戦闘を開始したが,国内には重税反対の民衆反乱が続発した。リシュリューの死後5ヵ月で病死。 (引用元 コトバンク)