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下村観山(しもむらかんざん)

日本画家[日本]

1930年 5月10日 死去享年58歳

下村観山 - ウィキペディアより引用

下村 観山(しもむら かんざん、1873年(明治6年)4月10日 - 1930年(昭和5年)5月10日)は、明治 - 昭和初期の日本画家。
本名は晴三郎。
1873年(明治6年)、和歌山県和歌山市に生まれる。
8歳のとき東京へ移住。
最初狩野芳崖に、その没後は芳崖の親友である橋本雅邦に師事する。
東京美術学校(現・東京藝術大学)を第一期生として卒業後、同校で教えていたが、1898年に岡倉覚三(天心)が野に下ったときに行動を共にし横山大観、菱田春草とともに日本美術院の創設に参加した。
1906年、天心が日本美術院を茨城県北部の五浦海岸へ移した際、大観、春草、木村武山とともに同地へ移住し画業を深めた。
1917年6月11日、帝室技芸員となる。
代表作品 「光明皇后」(1897)(宮内庁三の丸尚蔵館) 「修羅道」(1900)(東京国立博物館) 「鵜鴎図」(1901)(滋賀県立近代美術館) 「ダイオゼニス」(1903)(東京国立近代美術館) 「木の間の秋」(1907)(東京国立近代美術館)  「大原御幸」(1908)(東京国立近代美術館) 「鵜図屏風」(1912)(東京国立博物館) 「白狐」(びゃっこ)(1914)(東京国立博物館) 「弱法師」(よろぼうし)(1915)(東京国立博物館)(重要文化財) 「春雨」(1916)(東京国立博物館) 「楠公」(1921)(東京国立博物館) 「景雲餘彩」(1922)(宮内庁三の丸尚蔵館) 主な文献 「観山画集 下村観山1」 大日本絵画、1981年 「下村観山伝 下村観山2」 同上  各大著 「横山大観 下村観山」 現代の水墨画2:講談社 1983年 「下村観山 菱田春草」 現代日本絵巻全集4:小学館 1982年 図録 「大観と観山展」 横浜美術館、日本経済新聞社、1990年 図録 「下村観山展―生誕120年記念」 朝日新聞社、1993年 図録 「生誕140年記念 下村観山展」 横浜美術館、201 ……

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