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イサム・ノグチ 氏

彫刻家[アメリカ]

1988年 12月30日 死去心不全享年85歳

イサム・ノグチ - ウィキペディアより引用

イサム・ノグチ(Isamu Noguchi、日本名:野口 勇、1904年11月17日 - 1988年12月30日)は、アメリカ合衆国ロサンゼルス生まれの彫刻家、画家、インテリアデザイナー、造園家・作庭家、舞台芸術家。
日系アメリカ人である。
父親が日本人(愛知県生まれの日本の詩人で慶應義塾大学教授の野口米次郎)で母親がアメリカ人(アメリカの作家で教師のレオニー・ギルモア)のハーフ。
1907年、イサムが3歳の時に母レオニーと来日し、米次郎と同居する。
そして米次郎は武田まつ子と結婚し、イサムは野口勇として、森村学園付属幼稚園に通学する。
1年後に神奈川県茅ヶ崎市に転居して地元の小学校へ転入し、その年に米次郎とまつ子の子供アイリス(イサムにとっては異父妹)が誕生する。
1913年からは野口勇に代わりイサム・ギルモア(ギルモアは母の性)を名乗り、横浜市のセント・ジョセフ・インターナショナル・カレッジへ転入し、茅ヶ崎の自宅の新築設計を手伝うなど数々の建築作品に携わった。

彫刻家(1904年-1988年) 1904年、滞米中の詩人・野口米次郎とレオニー・ギルモアとの間の婚外子としてロサンゼルスに生まれた。母と来日した後、単身で渡米。パリでブランクーシの助手として(抽象彫刻を学ぶ)務めた後、1930年代に彫刻家として頭角を現す。1942年には日系人として、強制収容所に入所。 1950年に再来日し、猪熊弦一郎、丹下健三らと交友、戦後の日本美術・建築界に大きな影響を与えた。1960年代以降はニューヨーク、香川県の牟礼を拠点に旺盛に創作。1987年、米国国民芸術勲章を受章。1988年、ニューヨークで死去。 2004年は生誕100周年にあたる。 (引用元 Hatena Keyword)