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椋鳩十 氏(むくはとじゅう)

児童文学作家[日本]

1987年 12月27日 死去肺炎享年83歳

椋鳩十 - ウィキペディアより引用
椋 鳩十(むく はとじゅう、1905年1月22日 - 1987年12月27日)は、日本の小説家、児童文学作家。
本名は久保田彦穂(くぼた ひこほ)。
生涯 1905年1月長野県下伊那郡喬木村阿島北出身。
旧制飯田中学(現・長野県飯田高等学校)、法政大学法文学部(のちの文学部)国文科卒業。
大学在学中、佐藤惣之助の『詩の家』同人となり、1926年に詩集『駿馬』を発表する。
卒業後、鹿児島県熊毛郡中種子高等小学校に代用教員として赴任するも、夏にふんどし1つで授業をしたため3ヶ月で解雇となる。
その後に姉・清志の紹介により、同県加治木町立実科高等女学校の国語教師に着任する。
仕事の傍ら、宿直室を使い作家活動を続け、 1933年に最初の小説『山窩調』を自費出版する。
この時初めて椋鳩十のペンネームを使った。
『山窩調』も発禁処分となったが、同年、『少年倶楽部』の編集長であった須藤憲三より執筆依頼の手紙が届く。
椋は数年放っていたが、須藤の送った「怠け賃」に感激し、児童文学を書き始めた。
そして1938年の『少年倶楽部』10月号に、初の動物物語である『山の太郎熊』を掲載する。