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水谷八重子 氏(みずたにやえこ)

女優・初代[日本]

1979年 10月1日 死去享年75歳

水谷 八重子(みずたに やえこ)は、新派女優の名跡の一つ。
初代 水谷八重子 作家水谷竹紫の義妹、1905–79年。
夫・十四代目守田勘彌とのあいだに二代目を儲ける。
二代目 水谷八重子 初代の娘、1939年– 。
2013年時点での当代。
二代目襲名以前は水谷良重として活動。

みずたにやえこ [生]1905.8.1.東京[没]1979.10.1.東京女優。時計商の娘に生れ,1913年9月,義兄水谷竹紫の縁で,芸術座創立公演『内部』に群衆の子役として初舞台。20年2月双葉高等女学校在学中に民衆座『青い鳥』のチルチルを演じ,清新な演技で好評,新派の井上正夫に認められ,のち日活映画『寒椿』などで共演する機縁となった。同年12月友田恭助の師走会(わかもの座)に参加。24年2月竹紫のバックアップで第2次芸術座を再興。28年10月松竹と契約,芸術座を率いて正式に新派に参加。第2次世界大戦中は移動演劇に従事,戦後は新派大合同の機運に促されて,49年劇団新派に結集,花柳章太郎の相手役として活躍する一方,『蝶々夫人』『息子の青春』などで新境地を開く意欲をみせた。花柳の没(1965)後は,一座の座頭の重責にあった。容姿に恵まれ『大尉の娘』の露,『金色夜叉』の宮,『鶴八鶴次郎』の鶴八,『皇女和の宮』など当り役は多い。56年日本芸術院賞受賞,58年紫綬褒章受章,71年文化功労者。日本芸術院会員。ひとり娘の良重も女優で,95年2世水谷八重子を襲名した。 (引用元 コトバンク)