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大杉栄(おおすぎさかえ)

思想家、作家、社会運動家[日本]

1923年 9月16日 死去絞殺享年39歳

大杉栄 - ウィキペディアより引用

大杉 栄(おおすぎ さかえ、大杉榮、1885年(明治18年)1月17日 - 1923年(大正12年)9月16日)は、思想家、作家、ジャーナリスト、社会運動家。
明治・大正期における日本の代表的なアナキストである。
大逆事件の後にマルクス主義者の中で優勢になったアナ系の大立者であったために危険視され、関東大震災直後、憲兵隊司令部で不慮の死を遂げる。
(甘粕事件) 自由恋愛論者で、居候中に堺利彦の義妹堀保子を強引に犯して結婚する。
当時、保子は深尾韶と婚約していたがこれは破棄された。
だが、栄は保子と入籍せず、神近市子に続き、伊藤野枝とも愛人関係となって、野枝は長女魔子を身ごもった。
女性達からは常に経済的援助を受けていたが、野枝(とその子供)に愛情が移ったのを嫉妬した市子によって刺された日蔭茶屋事件では大杉は瀕死の重傷を負った。
その後、保子と離別、市子は入獄したので、野枝と家庭を持つが、依然として入籍はせず、次女エマ、三女エマ、四女ルイズ、長男ネストルをもうけた。

おおすぎさかえ [生]1885.1.17.香川,丸亀[没]1923.9.16.東京大正期の代表的アナーキスト。父は陸軍歩兵少佐。少年期を新潟県新発田で過ごした。東京外国語学校仏語科在学中,平民社に参画し,社会主義者となる。卒業後,幸徳秋水の影響によりアナーキストとなった。1912年荒畑寒村と『近代思想』を創刊。アナ・ボル論争においてはアナルコ・サンディカリズム派を代表して論陣を張り,大きな影響力をもった。関東大震災の混乱のなかで,伊藤野枝および甥とともに憲兵大尉甘粕正彦によって殺害された。『大杉栄全集』全11巻(1963~64)がある。 (引用元 コトバンク)