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畠山持国(はたけやまもちくに)

守護大名、享徳4年3月26日没[日本]

(ユリウス暦) 1455年 4月12日 死去享年58歳

畠山 持国(はたけやま もちくに)は、室町時代の守護大名。
室町幕府管領、河内・紀伊・越中・山城守護。
足利氏一門の畠山氏出身。
畠山満家の嫡男。
義就の父。
危機的状況を脱して管領に就任、勢力拡大を目指すも晩年にお家騒動を発生させ、畠山氏衰退の元を生み出してしまった。
生涯 隠居から復活 応永5年(1398年)、畠山満家の嫡男として生まれた。
第4代将軍足利義持より偏諱を受けて持国(「国」は祖父・基国などが使用した畠山氏の通字)と名乗る。
父・満家と同じく室町幕府に出仕、正長2年(1429年)に第6代将軍足利義教(義持の弟)の元服式では法体である父の代わりを務め、永享5年(1433年)の父の死により家督相続、幕府の重臣として会議に参加した。
永享4年(1432年)の大和永享の乱で大和へ出兵、永享6年(1434年)に義教が延暦寺に軍勢を派遣させて包囲すると諫言して両者を和睦させ、翌永享7年(1435年)に再度大和に出陣、大和宇智郡守護に任命された。

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