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臼井吉見 氏(うすいよしみ)

評論家作家[日本]

1987年 7月12日 死去享年83歳

臼井吉見 - ウィキペディアより引用

臼井 吉見(うすい よしみ、1905年6月17日 – 1987年7月12日)は、日本の編集者、評論家、小説家、日本藝術院会員。
息子は映像作家の臼井高瀬。
来歴・人物 長野県南安曇郡三田村(現・安曇野市)に、父貞吉・母きちの次男として生まれる。
旧制松本中学(現長野県松本深志高等学校)、旧制松本高校文科甲類を経て、1929年東京帝国大学文学部卒業。
松本中学では後に筑摩書房の創業者となる古田晁、俳優・演劇評論家の松本克平が同級であった。
旧制伊那中学(現長野県伊那北高等学校)、松本女子師範学校などで教員を務めた後、上京して東京女子大学でも教え、さらに、1946年創刊の総合雑誌『展望』(筑摩書房)の編集長を務め、文芸評論家としても活躍した。
『日本文学全集』『現代教養全集』などを編集した。
1956年『近代文学論争』で芸術選奨文部大臣賞を受賞した。
1964年から代表作となる大河小説「安曇野」の執筆を始め、1974年に完結し、谷崎潤一郎賞を受賞した。
75年日本藝術院会員。
1977年、『展望』5月号に掲載した『事故のてんまつ』(まもなく単行本化)は、川端康成の孤独な生い立ちから自殺までの背景を描いた作品で、川端家が抗議し、販売差止め仮処分の民事訴訟が提起された。

うすいよしみ [生]1905.6.17.長野,三田[没]1987.7.12.東京評論家。松本高等学校を経て,1929年東京大学国文学科を卒業。中学,師範学校教師をつとめたが,40年古田晁の筑摩書房の創業に参加した。第2次世界大戦中,43年に応召。敗戦の翌年46年から71年まで筑摩書房で雑誌『展望』を編集,かたわら文芸評論の筆をとり,多彩な活躍ぶりをみせた。評論集『戦後』(12巻,1965~66)がある。その後,小説にも手を染め,長野と東京を舞台に日本の近代史の転変を描いた大河小説『安曇野(あずみの)』(64~73)を完成した。77年小説『事故のてんまつ』(川端康成がモデル)で裁判となったが和解。天皇制をとらえた『獅子座』(6部構成)は未完。『臼井吉見集』(5巻,85)がある。芸術院会員。 (引用元 コトバンク)