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山岸章 氏(やまぎしあきら)

連合初代会長[日本]

2016年 4月10日 死去享年88歳

山岸 章(やまぎし あきら、1929年(昭和4年)7月18日 - 2016年(平成28年)4月10日)は、日本の労働運動家。
勲一等瑞宝章受章。
日本労働組合総連合会初代会長、国際郵便電信電話労働組合連盟(PTTI)会長、情報通信産業労働組合連合会委員長、全国電気通信労働組合(全電通)委員長を歴任した。
生い立ち 大阪市出身。
行商人の子として生まれる。
父親は仕事が長続きせず、職業を転々としていたため、幼少期は貧しい生活を送った。
旧制豊岡中学の生徒だった1944年、海軍甲種予科練習生に志願し、海軍航空隊に配属された。
1945年の敗戦後、父が疎開していた富山県に引き揚げ、父の実家で農作業を手伝ったり、浮遊機雷の除去に従事したりした。
1946年、金沢逓信講習所業務科に入学し、1948年に卒業すると、富山県の郵便局に勤務した。
労働運動に入る 1949年から労働運動に参加するようになり、全逓信従業員組合(全逓)の民主化同盟派の活動家として、日本共産党系の組合員と激しく対立した。

やまぎしあきら [生]1929.7.18.大阪,大阪[没]2016.4.10.労働運動家。日本労働組合総連合会(連合)初代会長。1948年金沢逓信講習所を卒業し,郵便局員となる。全逓信労働組合(全逓)に加入し,民主化同盟系全逓の活動家として頭角を現す。1949年の全逓富山地区本部執行委員を皮切りに組合専従者となり,1950年の全国電気通信労働組合(全電通。→公共企業体等労働組合協議会)結成と同時にその富山県支部書記長に就任。その後中央執行委員,書記長を歴任し,1982年に第8代委員長となる。官公労組と民間労組の統一に取り組み,1989年11月連合の発足に伴い初代会長に就任。1993年に3選を果たし,1994年10月辞任。政界にも影響力をもち,日本社会党などリベラル勢力の結集に尽力,1993年8月に発足した細川連立内閣の仕掛人の一人ともいわれた。(→労働運動) (引用元 コトバンク)

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