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江戸家猫八 氏(えどやねこはち)

物真似芸人・四代目[日本]

2016年 3月21日 死去進行性胃がん享年68歳

江戸家猫八 - 物真似芸人・四代目

江戸家 猫八(えどや ねこはち)は、動物の声帯模写をする物真似師の名跡。
2代目を除いては、初代の直系により受け継がれている。
2代目はラジオで、3・4代目はテレビで人気者となった。
俗に初代 江戸家猫八(1868年4月3日 - 1932年4月6日) - 本名:岡田信吉。
かつては歌舞伎役者片岡市之助(3代目片岡市蔵門の女形)。
2代目の実父が発掘して寄席芸人に転じさせた。
3代目柳家小さんの預かり弟子。
2代目 江戸家猫八(1912年7月6日 - 1986年5月25日) - 本名:長谷川栄太郎。
後に木下華声に改名。
3代目 江戸家猫八(1921年10月1日 - 2001年12月10日) - 本名:岡田六郎。
初代の六男。
4代目 江戸家猫八(1949年11月30日 - 2016年3月21日) - 本名:岡田八郎。
3代目の長男。
代外 岡田信吉の猫八や、上方の猫八以前に、鳥獣物真似、声帯模写で売った「三遊亭猫八」という人物が存在した。
三遊亭 猫八(さんゆうてい ねこはち)(1843年 - 1898年7月30日) - 本名:小林弥三郎。

えどやねこはち 物真似(ものまね)専門の芸人。初代(1868―1932)本名岡田信吉。当初、歌舞伎(かぶき)の三世片岡市蔵の門下に入り、片岡市之助と称して女形を務めたが、1898年(明治31)鉛中毒のため左手が不自由になったのを機に廃業した。その後、落語の三遊亭小円朝の弟子を経て物真似に転向、動物や鳥の鳴き声などの物真似で人気を集め、江戸家猫八を名のる。駄洒落(だじゃれ)や毒舌を交えた客との掛け合いを得意とした。2代(1911―1986)本名長谷川栄太郎。13歳のとき初代に入門、子猫八の名で舞台にあがった。初代の死後2代目を襲名するが、のち漫談に転じ、徳川夢声に対抗する意味で、1935年(昭和10)木下華声(かせい)と改めた。従来の物真似に加えて、時の有名人の物真似も得意とした。3代(1921―2001)本名岡田六郎。初代の六男。1941年(昭和16)、古川緑波(ろっぱ)一座に入座したが、1943年に応召、各地を転戦ののち、1945年に広島で被爆。1949年に3代目を襲名。物真似のほか俳優としてテレビや舞台などで活躍した。芸術祭賞(1979、1981)、浅草芸能大賞(1985)など受賞、紫綬褒章(しじゅほうしょう)(1988)受章。著書に『兵隊ぐらしとピカドン』(1983)などがある。なお、長男の江戸家小猫(1949―2016)、長女の江戸家まねき猫(1967―)がともに父の芸を継いでいる。[向井爽也]『『兵隊ぐらしとピカドン――吾輩は猫ではない2』(1983・ポプラ社)▽『二足のわらじをはいた猫――吾輩は猫ではない3』(1984・ポプラ社)▽『猫とまたたび』(1989・筑摩書房)▽『キノコ雲から這い出した猫』(1995・中央公論社)▽『おかあちゃんは二人いらない』(ち …… (引用元 コトバンク)

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