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水木しげる 氏(みずきしげる)

漫画家、妖怪研究家[日本]

2015年 11月30日 死去心筋梗塞享年94歳

水木しげる - ウィキペディアより引用

水木 しげる(みずき しげる、男性、1922年3月8日 - 2015年11月30日)は、日本の漫画家。
文化功労者、傷痍軍人。
本名は武良 茂(むら しげる)。
大阪府大阪市住吉区出生、鳥取県境港市入船町出身、東京都調布市在住。
ペンネームは、紙芝居作家時代に兵庫県神戸市で経営していたアパート「水木荘」から名付けた。
1958年に漫画家としてデビュー。
代表作の『ゲゲゲの鬼太郎』『河童の三平』『悪魔くん』などを発表し、妖怪漫画の第一人者となる。
1922年(大正11年)に大阪で生まれ、鳥取県境港市で育つ。
幼少時、まかない婦として家に出入りしていた景山ふさ(のんのんばあ)が語り聞かせた妖怪の話に強い影響を受ける。
高等小学校卒業後、画家を目指して大阪で働きながら学ぶ。
やがて徴兵年齢に達し、体躯壮健ながら近眼であった事から乙種合格となり補充兵役編入。
1943年に召集され、帝国陸軍の軍人(兵)として太平洋戦争下のニューギニア戦線・ラバウルに出征。
過酷な戦争体験を重ね、米軍の攻撃で左腕を失う。
一方で現地民のトライ族と親しくなり、ニューブリテン島に残ることも希望したが、周囲の説得で日本へ復員した。

みずきしげる [生]1922.3.8.大阪[没]2015.11.30.東京まんが家。本名武良茂。鳥取県境港市で育ち,武蔵野美術学校に学ぶ。第2次世界大戦に従軍し,パプアニューギニアのラバウルで左腕を失う。復員後紙芝居作家を経て,1958年『ロケットマン』でまんが家としてデビュー。1965年,まんが雑誌『週刊少年マガジン』に『ゲゲゲの鬼太郎』(当初は『墓場の鬼太郎』)を連載,これが代表作となり,のちテレビアニメーション化された。妖怪や民族神に興味をもち,まんがに登場する多くの妖怪は昔から各地で言い伝えられている古来のもの。妖怪研究者としても知られた。ほかに『テレビくん』(講談社児童まんが賞),『河童の三平』『悪魔くん』『のんのんばあとオレ』(アングレーム国際漫画フェスティバル最優秀コミック賞),『総員玉砕せよ!』(アングレーム国際漫画フェスティバル遺産賞,ウィル・アイズナー賞最優秀アジア作品賞)など。著書に『娘に語るお父さんの戦記』(1982),『生まれたときから「妖怪」だった』(2002)などがある。1991年紫綬褒章,2003年旭日小綬章を受章。2010年文化功労者に選ばれた。2003年境港市に水木しげる記念館が開館した。 (引用元 コトバンク)