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ルイ10世

フランス国王[フランス]

(ユリウス暦) 1316年 6月5日 死去享年28歳

ルイ10世 - ウィキペディアより引用

『ルイ10世 (フランス王)』より : ルイ10世(Louis X, 1289年10月4日 - 1316年6月5日)は、フランス王(在位:1314年 - 1316年6月5日)およびナバラ王(ルイス1世、在位:1305年 - 1316年)。
フランス王フィリップ4世とその妃であるナバラ女王フアナ(ジャンヌ)1世の長男。
フィリップ5世、シャルル4世の兄。
その治世の中、諸外国との争いに明け暮れたため、強情王または喧嘩王とあだ名される。
ルイ10世の短い治世の中、フランスとブルゴーニュ公国やイングランドとの争いが絶えなかった。
王はフランス王軍をブルゴーニュとの境界に動員し、穀物などの禁輸を命じたが、効果を挙げられなかった。
1316年、ジュ・ド・ポームの後、冷たいワインの飲みすぎで胸膜炎か肺炎になり、ほどなく死亡した。
王妃クレマンス・ド・オングリーは妊娠中だったため、子が生まれるまで王弟フィリップ5世が摂政を務めた。
ルイ10世の死から5ヵ月後、生まれた子供は男子でジャン1世として即位したが、一週間たたずに夭逝し、フィリップ5世が王位を継承した。

ルイじっせいLouisX,leHutin [生]1289.10.4.パリ[没]1316.6.5.バンセンヌフランス王(在位1314~16)。「強情王」とも呼ばれる。カペー家出身。フィリップ4世の長男。母からナバール(ナバラ)王位(在位1305~14)をも継承したが,フランス国王即位の際弟フィリップに譲った。彼の短い治世には叔父シャルル・ド・バロアが実権を握り,先王の集権政策に対する諸侯の反動が表面化した。そこでルイは先王の用いた政治家たちを解職ないし投獄し,宰相マリニーを処刑したが,地方貴族の特権を容認せざるをえなかった。最初の妃マルグリット・ド・ブルゴーニュは,1315年密通の疑いで投獄され獄死し,同年ハンガリー王カーロイ1世の娘クレメンスと結婚した。 (引用元 コトバンク)