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吉屋信子 氏

作家[日本]

1973年 7月11日 死去結腸がん享年78歳

吉屋信子 - ウィキペディアより引用

吉屋 信子(よしや のぶこ、1896年(明治29年)1月12日 - 1973年(昭和48年)7月11日)は、1920年代から1970年代前半にかけて活躍した、日本の小説家である。
新潟県新潟市にあった新潟県庁官舎で生まれた。
栃木県で少女時代を過ごす。
父・雄一は下都賀郡長を務めた人物であるが、頑固な男尊女卑的考え方を持っており、信子は内心反発を感じていた。
真岡から栃木市に移住、栃木高等女学校(現栃木県立栃木女子高等学校)に入学した際、新渡戸稲造の「良妻賢母となるよりも、まず一人のよい人間とならなければ困る。
教育とはまずよき人間になるために学ぶことです。
」という演説に感銘を受け、そのころから少女雑誌に短歌や物語の投稿をはじめる。
日光小学校の代用教員になるが、文学への道を捨てがたく、卒業後に上京して作家を志し、1916年(大正5年)から『少女画報』誌に連載した『花物語』で人気作家となる。
その後、『大阪朝日新聞』の懸賞小説に当選した『地の果まで』で小説家としてデビュー、徳田秋声らの知遇を得る。

小説家(1896年〜1973年)新潟県出身。 少女小説、大衆女性文学の人気作家。 代表作は「貞人の貞操」「花物語」「海の極みまで」「鬼火」「屋根裏の二處女」「徳川の夫人たち」「女人平家」「あの道この道」など (引用元 Hatena Keyword)