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ヘンリー5世

イングランド国王[イギリス]

(ユリウス暦) 1422年 8月31日 死去赤痢享年36歳

ヘンリー5世 - ウィキペディアより引用

『ヘンリー5世 (イングランド王)』より : ヘンリー5世(Henry V, 1387年9月16日 - 1422年8月31日)は、ランカスター朝のイングランド王(在位:1413年 - 1422年)。
ヘンリー4世と最初の妻メアリー・ド・ブーンの子。
クラレンス公トマス、ベッドフォード公ジョン、グロスター公ハンフリーの兄。
ヘンリー6世の父。
若年の時から戦いに参加し、父を助けてランカスター朝成立期の国内平定に貢献した。
1413年3月20日に即位すると積極的な大陸経営を目指し、翌1414年、フランス国内のブルゴーニュ派とアルマニャック派の内紛に乗じて休戦中であった百年戦争を再開して、1415年10月25日アジャンクールの戦いで大勝し、フランス軍主力を壊滅させた。
1420年6月2日、フランス王シャルル6世の娘キャサリン(カトリーヌ)と結婚、トロワ条約を締結して自らのフランス王位継承権を認めさせ、ランカスター朝の絶頂期を築いたが、2年後に急死した。
生涯 若き日のヘンリー ヘンリー5世はウェールズのモンマスにあるモンマス城のゲートハウスで生まれた。

ヘンリーごせいHenryV [生]1387.9.16.モンマス[没]1422.8.31.ボアドバンサンヌイギリス,ランカスター朝のイングランド王(在位1413~22)。ヘンリー4世の長男。1400~08年ウェールズの反乱の討伐と施政にたずさわり,13年父の死により即位。治世初期にはロラード派の乱(14)やヨークのケンブリッジ伯リチャードの陰謀(15)を鎮圧。百年戦争を再開,15年アザンクールの戦いに大勝。その結果,神聖ローマ皇帝ジギスムントの訪英が実現し(16),カンタベリーにおいて同盟条約を締結。さらにジギスムントと協力して,マルチヌス5世を教皇に選出(17),教会大分裂の終焉を達成した。次いでノルマンディーを征服し,20年フランスとトロア条約を締結,フランス王シャルル6世の娘カトリーヌを妃とし,フランス王の摂政および推定相続人として認められ,ノルマンディーを自身の太子領とするよう取決めた。しかしフランス貴族との間に残された重大な案件を解決しえずに,南フランス征服の陣中で病没。 ヘンリー5世ヘンリーごせいHenryV イギリスの劇作家シェークスピアの史劇。5幕23場。1599年執筆。1605年1月7日宮廷で演じられた記録がある。おもにホリンシェッドの『年代記』(第2版,1587)から取材。国家統一と国威の高揚という当時の新しい国民意識を背景にした愛国的史劇。各幕にプロローグをつけ,解説役のコーラスによって劇は展開する。 (引用元 コトバンク)