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鳥井信治郎 氏

サントリー創業者[日本]

1962年 2月20日 死去急性肺炎享年84歳

鳥井 信治郎(とりい しんじろう、1879年1月30日 - 1962年2月20日)は、日本の実業家、サントリー(現サントリーホールディングス株式会社)の創業者である。
1879年(明治12年) 大阪の両替商・米穀商の鳥井忠兵衛の次男として生まれる。
1887年(明治20年) 大阪市東区鳥町の北大江小学校尋常科入学。
1888年(明治21年) 同小学校で4年飛び越えて高等科に編入。
1890年(明治23年) 西区江戸堀南通の市立大阪商業学校の付属科(後の大阪市立天王寺商業高等学校、現在は大阪市立大阪ビジネスフロンティア高等学校)入学。
   1892年(明治25年) 13歳で大阪道修町の薬種問屋小西儀助商店 (現在の接着剤製造のコニシである。
) へ丁稚奉公に出た。
このとき小西儀助商店で扱っていた洋酒についての知識を得たという。
1895年(明治28年) 博労町の絵具・染料を扱う小西勘之助商店へ移る。
1899年(明治32年) 20歳で大阪市西区で鳥井商店を起こした。
1906年(明治39年) 「寿屋洋酒店」に改名。

とりいしんじろう [生]1879.1.30.大阪[没]1962.2.20.兵庫,川西日本の洋酒産業の創始者,サントリー(→サントリーホールディングス)創業者。1899年奉公先の薬種問屋から独立,大阪で鳥井商店を創業し,ワインの製造販売を開始した。1906年店名を寿屋洋酒店に変更し,1907年「赤玉ポートワイン」を発売,特に宣伝,広告に新天地を開いた。1921年改組して寿屋を設立。1923年大阪府山崎でウイスキーの国産化事業に着手,蒸留所を建設し,竹鶴政孝の協力を得て,1929年日本初の国産ウイスキー「白札」を発売した。1937年高級ウイスキーの「角瓶」を発売。第2次世界大戦後に発売した「トリス」(1946),「オールド」(1950)が爆発的人気を得る。1961年二男の佐治敬三に社長職を譲り会長に就任。1955年藍綬褒章,1962年勲三等旭日中綬章を受章。 (引用元 コトバンク)

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