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南部陽一郎 氏

理論物理学者・素粒子物理学[日本→アメリカ]

(ノーベル賞受賞)

2015年 7月5日 死去急性心筋梗塞享年95歳

南部陽一郎 - ウィキペディアより引用

南部 陽一郎(なんぶ よういちろう、1921年1月18日 - 2015年7月5日)は日本出身、アメリカ国籍の理論物理学者。
シカゴ大学名誉教授、大阪市立大学名誉教授、大阪大学特別栄誉教授、立命館アジア太平洋大学アカデミック・アドバイザー。
専門は素粒子理論。
理学博士(東京大学 1952年)。
日本の福井県福井市出身。
自宅が大阪府豊中市にあり、シカゴに在住していた。
1970年に日本からアメリカ合衆国へ帰化した。
日系アメリカ人(一世)の理論物理学者で1952年に渡米、1960年代に量子色力学と自発的対称性の破れの分野において先駆的な研究を行ったほか、弦理論の創始者の一人としても知られ、現在の素粒子物理学の基礎をなす様々な領域に多大な貢献をなした。
とくに自発的対称性の破れの発見により、2008年にノーベル物理学賞を受賞した。
シカゴ在住だったが、晩年は大阪府豊中市にもある自宅に身を寄せていた。
生い立ち 日本の東京府東京市にて福井県出身の父親と福島県出身の母親の間に生まれた。

なんぶよういちろう [生]1921.1.18.東京,東京[没]2015.7.5.大阪日本生まれのアメリカ合衆国の理論物理学者。シカゴ大学名誉教授。東京府に生まれ,福井県に育つ。旧制第一高等学校を経て1942年に東京帝国大学理学部を卒業。陸軍の技術研究所に勤め,戦後東京大学に戻り,1950年大阪市立大学教授に就任。東京大学で朝永振一郎らの研究グループに接して素粒子物理学に目ざめた。1952年アメリカに渡り,1958年にシカゴ大学教授。1960年に「対称性の自発的破れ」(→自発的対称性の破れ)の理論を提唱,この理論はヒッグス機構,電弱相互作用の統一理論の基礎となり,さらに物性物理も含む広い範囲に使われる概念となっている。翌1961年に左右の区別に関するカイラル対称性の破れについて言及,その後の質量の起源研究に大きな影響を与えた。1965年には三つの色になぞらえられる対称性をクォークがもつことを提唱,その後の量子色力学のさきがけとなった。そのほか,素粒子をひもとみる弦模型の理論を創始,今日の超弦理論の原点となるなど素粒子理論の基礎に大きく貢献した。1970年にアメリカ国籍を取得。1978年文化勲章,1985年マックス・プランク・メダル,1995年ウルフ賞など多くの賞・栄誉を受けた。2008年「素粒子物理における対称性の自発的破れのメカニズムの発見」でノーベル物理学賞を受賞。(→小林誠,益川敏英) (引用元 コトバンク)