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河上民雄 氏

政治家、元社会党衆議院議員[日本]

2012年 9月22日 死去間質性肺炎享年88歳

河上 民雄(かわかみ たみお、1925年7月12日 - 2012年9月22日)は、兵庫県神戸市出身の日本の政治家、歴史学者。
衆議院議員(7期)、日本社会党国際局長・東海大学政治経済学部教授を歴任。
聖学院大学大学院客員教授、東海大学名誉教授。
生い立ち 関西学院大学教授・河上丈太郎の長男として生まれる。
父・丈太郎は、1928年の総選挙で日本初の無産政党出身の代議士となり、戦後は右派社会党委員長・日本社会党委員長を歴任した。
旧制静岡高等学校(現在の静岡大学)を経て、1948年に東京大学文学部西洋史学科を卒業。
大学卒業後、高等学校教師となったが、病気のために辞職を余儀なくされた。
その後は病気療養を続けながら、翻訳業に従事したり、父・丈太郎の政治秘書・ゴーストライターを務めた。
1955年に日本社会党が再統一する際には、右派社会党側の統一綱領案(いわゆる右社綱領)を藤牧新平とともに執筆した。
1963年から64年にかけてコロンビア大学に留学し、アメリカ史を専攻。
1966年には東海大学政治経済学部教授に就任した。
東海大学では国会議員に在職中も教鞭をとり続けた。

河上 民雄氏(かわかみ・たみお=元社会党衆院議員)22日午前7時50分、間質性肺炎のため東京都杉並区の病院で死去、87歳。神戸市出身。自宅は渋谷区西原2の37の6。葬儀は26日午後1時から中央区銀座4の2の1の日本基督教団銀座教会で。喪主は妻の京子(きょうこ)さん。 元社会党委員長の故河上丈太郎氏の長男。1967年に旧兵庫1区から出馬し、当選7回。衆院物価問題特別委員長などを務めた。

1925年7月12日〜2012年9月22日 日本の政治家。歴史学者。兵庫県神戸市出身。 衆議院議員時代には日本社会党国際局長などを歴任。また、学者としては東海大学教授などを歴任した。ちなみに、父は第4代日本社会党中央執行委員長で関西大学教授なども歴任した河上丈太郎。 (引用元 Hatena Keyword)

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