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有馬頼寧 氏(ありまよりやす)

政治家、日本中央競馬理事長[日本]

(GIレース有馬記念は彼の名に由来)

1957年 1月10日 死去急性肺炎享年72歳

有馬頼寧 - ウィキペディアより引用

有馬 頼寧(ありま よりやす、明治17年(1884年)12月17日 - 昭和32年(1957年)1月9日)は、日本の政治家。
農政研究者。
農林大臣。
日本中央競馬会第2代理事長。
プロ野球オーナー。
旧筑後国久留米藩主・有馬家の第15代当主。
伯爵。
旧筑後国久留米藩主有馬家当主で伯爵有馬頼万の長男として東京に生まれる。
母は岩倉具視五女恒子(後に寛子と改名)。
頼寧の出生から程なく、母は実家に帰されて離縁された(後に森有礼の後妻となる)。
父は戸田忠友長女豊子と再婚したため、頼寧と姉の禎子は邸宅のうち嫡祖母・韶子の住む棟で育った。
4歳の頃、日本橋区の本宅が焼亡し、浅草区橋場の別邸に転居する。
この邸宅が下町に近かったため、幼少時に近所の下町の子供たちと遊んだという。
1890年(明治23年)秋学習院初等科入学。
1896年(明治29年)学習院中等科(現 学習院高等科)に進学し、教師の家に下宿した。
中等科在学中の1903年(明治36年)2月、北白川能久親王次女貞子と結婚。
貞子は結婚に伴い華族女学校を退学した。
同年に頼寧は旧制学習院高等科に進学し、1906年(明治39年)東京帝国大学農科(現農学部)に入学。

  • 題名
    七十年の回想 (1953年)
    著者
    有馬頼寧
    発売元
    創元社
    ページ数
    383ページ
    発売日
    1953
    新品価格
    中古商品
    ¥ 4,000 より
  • 題名
    恋と伯爵と大正デモクラシー 有馬頼寧日記1919
    著者
    山本一生
    発売元
    日本経済新聞出版社
    ページ数
    365ページ
    発売日
    2007-09-01
    新品価格
    ¥ 2,160
    中古商品
    ¥ 732 より
  • 題名
    有馬頼寧日記〈1〉巣鴨獄中時代
    著者
    有馬頼寧
    発売元
    山川出版社
    ページ数
    426ページ
    発売日
    1997-06
    新品価格
    ¥ 34,593
    中古商品
    ¥ 23,697 より
  • 題名
    小作問題対話
    著者
    有馬頼寧
    発売元
    日本教育者協会
    ページ数
    発売日
    1923
    新品価格
    中古商品
  • 題名
    有馬頼寧日記〈2〉大正八年~昭和三年
    著者
    有馬頼寧
    発売元
    山川出版社
    ページ数
    583ページ
    発売日
    1999-12
    新品価格
    中古商品
    ¥ 24,000 より
  • 題名
    倉富勇三郎日記 第一巻
    著者
    倉富勇三郎日記研究会
    発売元
    国書刊行会
    ページ数
    936ページ
    発売日
    2010-11-26
    新品価格
    ¥ 21,600
    中古商品
    ¥ 13,800 より
  • 題名
    友人近衛 (1949年) (アテネ文庫)
    著者
    有馬頼寧
    発売元
    弘文堂
    ページ数
    58ページ
    発売日
    1949
    新品価格
    中古商品
    ¥ 1,000 より
  • 題名
    ひとりごと (1957年)
    著者
    有馬頼寧
    発売元
    作品社
    ページ数
    392ページ
    発売日
    1957-04
    新品価格
    中古商品
    ¥ 1,800 より
  • 題名
    政界道中記 (1951年)
    著者
    有馬頼寧
    発売元
    日本出版協同
    ページ数
    278ページ
    発売日
    1951
    新品価格
    中古商品
    ¥ 2,691 より
  • 題名
    花売爺 (1953年)
    著者
    有馬頼寧
    発売元
    全国農業出版
    ページ数
    309ページ
    発売日
    1953
    新品価格
    中古商品
    ¥ 4,500 より

ありまよりやす [生]1884.12.17.東京[没]1957.1.10.東京大正・昭和期の政治家。1910年に東京帝国大学農科大学卒業,農商務省に入ったが,1917年辞職して母校に戻り,同大学講師,のちに助教授となった。1924年衆議院議員となり,政界に進出。1929年貴族院議員。農林政務次官,産業組合中央金庫(→農林中央金庫)理事長,産業組合中央会会頭などを歴任し,1937年第1次近衛文麿内閣の農林大臣に就任。近衛とともに新体制運動を起こし,1940年には大政翼賛会事務総長となった。終戦を迎えた1945年,A級戦犯容疑者として拘置されたが翌1946年釈放。晩年は日本中央競馬会理事長を務めた。競馬の有馬記念は有馬頼寧の名前にちなむ。著書に『七十年の回想』(1953)がある。 (引用元 コトバンク)