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浅田宗伯(あさだそうはく)

漢方医、儒学者[日本]

1894年 3月16日 死去享年81歳

浅田 宗伯(あさだ そうはく、文化12年5月22日(1815年6月29日) - 明治27年(1894年)3月16日)は日本の漢方医、儒学者。
諱は惟常、号は栗園。
文化12年(1815年) 代々医業と手習師匠を業とする家に生まれる。
文久元年(1861年) 徳川家茂の御目見を許される。
慶応2年(1866年) 徳川将軍家の典医となる。
明治8年(1876年) 宮内省侍医を拝命。
明治27年(1894年) 漢方儒医として80年の生涯を終える。
生涯 信濃国筑摩郡栗林村(現在の長野県松本市島立)出身。
地元で初めて民衆に種痘を実施した熊谷珪碩(江馬蘭斎の門弟)や、高遠藩儒臣中村元起(中村弥六の父)に医学の薫陶を受けた後、志を立て京都、江戸において漢方医学と共に頼山陽や猪飼敬所らから経書・儒学・歴史学等を修めた。
その後大坂で大塩平八郎の門をたたいて陽明学を学ぶ。
はじめ江戸の諸名医の門を叩いたが相手にされず、幕医・本康宗円の理解を得るに及んで、多紀元堅・小島尚質・喜多村直寛ら医学館考証派の諸名家に紹介されたという。