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ハドリアヌス

第14代ローマ皇帝[ローマ帝国]

(ユリウス暦) 0138年 7月10日 死去享年62歳

ハドリアヌス - ウィキペディアより引用

プブリウス・アエリウス・トラヤヌス・ハドリアヌス(古典ラテン語: Publius Aelius Trajanus Hadrianus (プーブリウス・アエリウス・トライヤーヌス・ハドリアーヌス)、76年1月24日 - 138年7月10日)は、第14代ローマ皇帝(在位:117年 - 138年)。
ネルウァ=アントニヌス朝の第3代目皇帝。
帝国各地をあまねく視察して帝国の現状把握に努める一方、トラヤヌス帝による帝国拡大路線を放棄し、現実的判断に基づく国境安定化路線へと転換した。
治世・歴史的評価 皇帝即位からローマ帰還まで ハドリアヌスはローマで生まれた(原籍があるヒスパニア・バエティカのイタリカで生まれたとの説もある)。
トラヤヌスの従兄弟の子である。
93年(または94年)、二十人委員の職に就き、民生関係の修行をした。
ついで、パンノニア、下部モエシア及び上部ゲルマニア各属州で高級軍団将校を務める。
その後101年、元首財務官に就任、トラヤヌスの秘書を務める。
皇帝の演説を元老院で代読したのは、この時のことである。

Hadrianus,PubliusAelius [生]76.1.24.イタリカ[没]138.7.10.バイアイローマ皇帝(在位117~138)。五賢帝の一人。ヒスパニアの元老院議員家系の出身。先帝トラヤヌスの血縁にあたる。トラヤヌスが死の床で彼を養子としたと称して,そのときシリアにあったハドリアヌスは現地で即位。しかし元老院がこれに疑いをもって両者の関係は冷却,またダキア,エジプト,ブリタニアの政情不安もあってユーフラテス川以遠の,トラヤヌスが征服した地域を放棄してローマに帰り,借財帳消し,貧民救済策によって人気を獲得し,対外的には防衛策に転じた。ローマを離れて各地を巡察し,騎士身分(エクイテス)を登用して官僚制を整え,貨幣発行による財政建直し,立法整備を行なった。また新しい形式のラテン市民権である大ラテン市民権を創設,この権利を得た都市のすべての地方元老院議員にローマ市民権を与え,ローマ元老院に多くの属州の貴族を補充させた。辺境にはハドリアヌス長城などの城壁を修築,駐屯地からの徴兵などの軍制改革,荒廃したエジプトなどでは植民に努めた。アテネを愛しオリュンピア,ゼウスの神殿を造らせ,ほかにも公共施設を多く建設させた。エルサレムには新市アエリア・カピトリナを建設。これに反抗したラビ・アキバらユダヤ人を徹底的に弾圧した(132)。また同性愛の愛人アンチノースの死後,エジプトに新市アンチノポリスを建設し,祭儀を行わせた。晩年はチボリ(ローマ近郊)の広大な別荘に引きこもった。すぐれた政治的手腕をもつとともに,文芸,絵画,算術を愛好,学者を厚遇した。アントニヌス・ピウスを養子とし,死後彼によって神格 …… (引用元 コトバンク)

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