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秋野不矩 氏(あきのふく)

日本画家[日本]

2001年 10月11日 死去心不全享年94歳

秋野不矩 - ウィキペディアより引用

秋野 不矩(あきの ふく、1908年7月25日 - 2001年10月11日)は、日本画家。
静岡県磐田郡二俣町(現・浜松市天竜区二俣町)生まれ。
日本画の要素によく含まれる花鳥風月を嫌い、50代からインドに魅せられ、インドの材料を使った新しい境地を開拓する。
絵本画家の秋野亥左牟は次男。
1908年(明治41年) - 静岡県磐田郡二俣町に生まれる 1926年(大正15年) - 静岡県女子師範学校(後の静岡大学教育学部)卒業 1927年(昭和2年) - 千葉県の石井林響に師事 1929年(昭和4年) - 京都の西山翠嶂塾「青甲社」に入門 1948年(昭和23年) - 同志と共に、創造美術(現:創画会)を結成 1949年(昭和24年) - 京都市立美術専門学校(現:京都市立芸術大学)助教授となる 1962年(昭和37年) - インドの大学に客員教授として招かれる 1966年(昭和41年) - 京都市立美術大学(現:京都市立芸術大学)教授となる 1974年(昭和49年) - 京都市立芸術大学退職、名誉教授となる 1991年(平成3年) - 文化功労者顕彰 1999年(平成11年) - 文化勲章受章 2001年(平成13年) - 京都の自宅で心不全により永眠 参考文献 西部邁「神さびた人」、「鄙びと雅びが渾然となって」『サンチョ・キホーテの旅』新潮社、2009年、44-52頁、ISBN 9784103675051 - 西部が秋野の思い出を語っている。

日本画家。静岡県生。石井林響・西山翠嶂に師事する。花鳥・人物画を得意とし、また昭和37年(1962)インドのビスババーラティー大学に客員教授として招かれたのを機に渡印をかさね、インドの文化・自然・庶民の生活などをテーマとして精力的な制作活動を行った。創画会会員。京都市立芸大名誉教授。京都市文化功労章・京都府美術工芸功労章受章。毎日芸術賞・京都美術文化賞受賞。静岡県天竜市名誉市民。文化功労者。文化勲章受章。平成13年(2001)歿、93才。 (引用元 コトバンク)

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