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岩井半四郎 氏(いわいはんしろう)

歌舞伎役者舞踏家[日本]

2011年 12月25日 死去多臓器不全享年85歳

岩井 半四郎(いわい はんしろう)は、歌舞伎役者の名跡。
屋号は大和屋。
定紋は丸に三ツ扇(まるに みつおおぎ)、替紋は杜若丁字(かきつばた ちょうじ)。
定紋の丸に三ツ扇は初代の生家が扇商だったことに由来する。
解説 「岩井半四郎」は初代から三代目までが上方歌舞伎で活躍する立役で、大坂岩井座の座元も兼ねる大名跡として知られていた。
四代目以降は系統がまったく異なるばかりか、後期江戸歌舞伎から明治歌舞伎において「岩井半四郎」は女形を代表する大看板の一つとして知られていた。
三代目半四郎は娘・おまんを四代目市川團十郎の後添えとして嫁がせていたが、宝暦10年にこの娘と婿を江戸に訪ねると、そこで客死してしまった。
この知らせを大坂で聞いた初代中村富十郎は「岩井半四郎」が絶えてしまうことを惜み、自身の高弟で養子に迎えていた二代目岩井半之助にこの大名跡を襲名させることにした。
富十郎は初代半四郎の孫娘を妻としていた縁から、岩井家のことは他人事にはできなかったのである。
これに納得できなかったのが三代目半四郎を看取ったおまつと團十郎だった。

】 歌舞伎俳優。屋号、大和屋。(初世)[1652~1699]大坂の人。通称、長四郎。座元と立役を兼ねた。(4世)[1747~1800]江戸の人。俳名、杜若(とじゃく)。通称、お多福半四郎。岩井家初の女形(おやま)で、写実的な世話物を得意とした。(5世)[1776~1847]4世の子。俳名、梅我、のち杜若。通称、大太夫(おおたゆう)。名女形とうたわれ、毒婦・悪婆役を得意とした。 (引用元 コトバンク)