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仙谷由人 氏(せんごくよしと)

政治屋、元官房長官[日本]

(2010年の尖閣諸島中国漁船衝突事件においては、逮捕された中国人船長を超法規的措置で釈放し、その責任を沖縄地裁に押し付ける)

2018年 10月11日 死去享年73歳

仙谷由人 - ウィキペディアより引用

仙谷 由人(せんごく よしと、1946年(昭和21年)1月15日 - )は、日本の政治家、弁護士。
衆議院議員(6期)、旧民主党政策調査会会長、民主党政策調査会会長(第7代)、内閣府特命担当大臣(行政刷新担当)、内閣府特命担当大臣(「新しい公共」担当)、内閣官房長官(第78代)、法務大臣(第86代)、拉致問題担当大臣、民主党代表代行などを歴任。
生い立ち 徳島県徳島市出身。
父は裁判所の職員、母は徳島高等女学校の教師。
なお母は熱心な組合活動家でもあったという。
学生時代 学生運動 徳島県立城南高等学校卒業。
1964年に東大文Ⅰに合格し、上京する。
大学の同期(入学者)には前・自由民主党総裁の谷垣禎一などがいた。
東大時代は全共闘の新左翼系学生運動家であり、日本共産党を脱党した安東仁兵衛らが指導した構造改革派のフロントというセクトのシンパだった。
東大安田講堂事件の際は講堂の中にはおらず、救援対策や弁当の差し入れなどを行い、学生活動家仲間からは「弁当運び」と呼ばれていた。

せんごく-よしと 1946-昭和後期-平成時代の弁護士,政治家。昭和21年1月15日生まれ。東大在学中に司法試験に合格,昭和46年から弁護士活動を開始し,労組事件などをあつかう。平成2年社会党から出馬し衆議院議員に初当選(当選6回)。5年総選挙で落選。7年社会党を離党。8年民主党(旧)に入党。同年総選挙で徳島1区から当選して政界に復帰。党政策調査会長,幹事長代理などをつとめ,17年には「公共政策プラットホーム」代表理事。21年鳩山連立内閣の行政刷新・公務員制度改革担当相に就任した。22年国家戦略担当相を兼務。同年,菅連立内閣の官房長官,同改造内閣でも官房長官に留任,23年官房長官を退任して党の代表代行となる。24年の総選挙で落選。26年総選挙は不出馬。徳島県出身。東大中退。 (引用元 コトバンク)