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東八郎 氏(あずまはちろう)

タレント、お笑い芸人[日本]

1988年 7月6日 死去脳溢血享年53歳

東八郎 - ウィキペディアより引用

東 八郎(あずま はちろう、本名:飛田 義一(ひだ ぎいち)、1936年5月31日 - 1988年7月6日)は、日本のコメディアン、タレント。
昭和時代を代表するコメディアンの一人である。
妻との間に3男2女があり、次男にお笑いコンビTake2の東貴博、三男にタレントの東朋宏がいる。
来歴・人物 東京府東京市浅草区(現・東京都台東区浅草)の出身。
父は岐阜県大垣市出身で皇宮警察官。
戦時中に家族とともに名古屋市に疎開した。
名古屋時代の親友にプロゴルファー塩谷育代の父親がいる。
中学卒業後、コメディアンを志して、歌手・田谷力三に弟子入りする。
そして、浅草公園六区の浅草フランス座などで活躍する(この頃のフランス座には、関敬六、長門勇、渥美清、伊東四朗など後に有名になったコメディアンたちが出演していた)。
東八郎の芸名はフランス座を経営する東洋興業創業者の松倉宇七にちなんだものである。
しかしテレビの台頭と共に浅草の演劇街が衰退してきたため、1964年に小島三児、原田健二と共にトリオ・ザ・スカイラインを結成し、テレビに進出。

コメディアン。本名・飛田義一(ひだぎいち)。1936年5月31日生まれ、東京出身。64年にお笑いトリオ「トリオ・ザ・スカイライン」を結成し、浅草の演劇街からテレビに進出。71年以降は単独で芸能活動を行い、NHK「お笑いオンステージ」にレギュラー出演して人気コメディアンとなった。以降は「東八郎劇団」を結成して後進の育成にも力を注いだが、88年7月6日、脳溢血により52歳で死去した。妻との間に3男2女があり、次男はお笑いコンビTake2の東貴博、三男はタレントの東朋宏。一番弟子はコメディアンの萩本欽一。 (2012-07-10) (引用元 コトバンク)