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二葉あき子 氏(ふたばあきこ)

歌手[日本]

(「水色のワルツ」「フランチェスカの鐘」など)

2011年 8月16日 死去心不全享年97歳

二葉あき子 - ウィキペディアより引用

二葉 あき子(ふたば あきこ、1915年2月2日 - 2011年8月16日)は、日本の歌手。
広島駅のすぐ北側、広島県広島市大須賀町二葉(現在の東区二葉の里)出身で、芸名は二葉の里で安芸の国と地元からとる。
本名は加藤芳江。
広島県立広島高等女学校(現在の広島皆実高等学校)を経て、1935年、東京音楽学校(現在の東京芸術大学音楽学部)師範科卒業。
音楽学校在籍中、東京音楽学校の奏楽堂で同校期待の増永丈夫の美しいバリトンを聴いて感銘を受ける。
その増永丈夫はすでに藤山一郎として流行歌手として名をなしていた。
レコードデビューは、在学中にコロムビアで吹込んだ教育レコード。
卒業後、地元の広島の三次高女(現在の広島県立三次高等学校) で教鞭をとる。
教師時代も上京して学校用教材のレコードを吹込んだ。
1936年春、コロムビアの専属となる。
「愛の揺り籃」が最初のレコードだった。
「あの夢この夢」「月に踊る」「乙女十九」などで世に知られ1939年、松竹映画『春雷』の主題歌「古き花園」が大ヒットすると人気歌手としての声価を得る。

「水色のワルツ」「フランチェスカの鐘」などで知られる歌手の二葉あき子(ふたば・あきこ、本名加藤芳江=かとう・よしえ=)さんが16日午前3時30分、心不全のため広島市内で死去した。96歳だった。葬儀は近親者のみで行う。広島市出身。 東京音楽学校(現東京芸術大)卒業後、高校の音楽教師を経て、1936年に歌手デビュー。シャンソンやブルース、演歌などを幅広く歌いこなし、「歌謡界の女王」と呼ばれた。数々のヒット曲を生み、NHK紅白歌合戦に第1回から10回連続で出場した。2003年に引退し、帰郷していた。  広島への原爆投下時、故郷の近くで乗っていた列車が偶然トンネル内で難を逃れた経験もあり、「フランチェスカの鐘」は犠牲者への鎮魂歌として歌い続けた。(2011/08/16-12:52)

歌手 1915年2月2日生まれ。 二葉あき子は、芸名で生まれた地が広島県の二葉の里と広島が昔、「安芸国」からである。 戦前から戦後にかけて活躍した歌手のひとり。 代表曲に「古き花園」「フランチェスカの鐘」「水色のワルツ」などがある。 懐メロブームにかけて「なつかしの歌声」「思い出のメロディー」などの懐メロ番組には欠かさず出演した。NHK紅白歌合戦の初期の常連でもあった。 2011年8月16日に死去。96歳という天寿であった。その晩年は高齢ということもあり、表舞台には出ず、郷里の広島で余生を過ごしていた。 (引用元 Hatena Keyword)