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源実朝(みなもとのさねとも)

鎌倉幕府第3代将軍[日本]

(建保7年1月27日没)

(ユリウス暦) 1219年 2月13日 死去暗殺享年28歳

源実朝 - ウィキペディアより引用

源 実朝(みなもと の さねとも、實朝)は、鎌倉時代前期の鎌倉幕府第3代征夷大将軍。
鎌倉幕府を開いた源頼朝の四男(頼朝の子としては第6子で四男、政子の子としては第4子で次男)として生まれ、兄の頼家が追放されると12歳で征夷大将軍に就く。
政治は始め執権を務める北条氏などが主に執ったが、成長するにつれ関与を深めた。
官位の昇進も早く武士として初めて右大臣に任ぜられるが、その翌年に鶴岡八幡宮で頼家の子公暁に暗殺された。
これにより鎌倉幕府の源氏将軍は断絶した。
歌人としても知られ、92首が勅撰和歌集に入集し、小倉百人一首にも選ばれている。
家集として金槐和歌集がある。
小倉百人一首では鎌倉右大臣とされている。
生涯 将軍就任 建久3年(1192年)8月9日巳の刻、源頼朝の次男として鎌倉名越の北条時政の屋敷・浜御所で生まれる。
幼名は千幡。
母は頼朝の流人時代に妻となっていた北条政子。
乳母は政子の妹である阿波局が選ばれ、大弐局ら御所女房が介添えをした。
千幡は若公として誕生から多くの儀式で祝われた。
12月5日、頼朝は千幡を抱いて御家人の前に現れると、「みな意を一つにして将来を守護せよ」と述べ面々に千幡を抱かせた。

  • 題名
    吟詠全曲集3 上級編
    歌手
    中村暁岳
    発売元
    コロムビアミュージックエンタテインメント
    発売日
    1993年11月21日
    新品価格
    より
    中古商品
    より

みなもとのさねとも [生]建久3(1192).8.9.鎌倉[没]承久1(1219).1.27.鎌倉鎌倉幕府第3代の将軍,歌人。父は第1代将軍頼朝。母は政子。幼名,千幡。建仁3(1203)年,外戚北条氏に廃された兄頼家に代って将軍となり,右大臣正二位にいたったが,鶴岡八幡宮の社頭で頼家の遺児公暁に殺された。渡宋を企てたこともあったが,果さなかった。京都の貴族文化,文学を愛し,坊門信清の娘を妻とした。早くから作歌に親しみ,家臣を通じて藤原定家の指導を受けた。定家の歌論書『近代秀歌』は実朝に進献されたものである。天性の歌人で,万葉風の作品は特にすぐれており,後世,賀茂真淵,正岡子規,斎藤茂吉らが激賞している。家集『金槐和歌集』。 (引用元 コトバンク)