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大賀典雄 氏(おおがのりお)

元ソニー社長会長指揮者[日本]

2011年 4月23日 死去多臓器不全享年82歳

大賀典雄 - ウィキペディアより引用

大賀 典雄(おおが のりお、1930年1月29日 - 2011年4月23日)は、日本の実業家、指揮者、声楽家。
勲等は勲一等。
ソニー株式会社相談役、財団法人東京フィルハーモニー交響楽団会長・理事長、東京文化会館館長。
CBS・ソニーレコード株式会社社長(初代)、ソニー商事株式会社社長、東京商工会議所副会頭、ソニー株式会社社長・最高経営責任者(初代)、社団法人経済団体連合会副会長などを歴任した。
妻はピアニストの松原緑。
生い立ち 1930年、静岡県沼津市の材木商を営む大賀正一・としの次男(7人兄弟)として生まれる。
父親は浜松第一中学から盛岡高等農林学校に学んだのち事業を興し、仏領インドシナなどにも店を持つほど成功した。
父親がハノイに単身赴任していたため母・兄弟姉妹とともに沼津千本松原の別荘で裕福に暮らす。
1949年、旧制静岡県立沼津中学校を卒業。
在学中に肋膜炎を患い、療養中の家庭教師となった岩井産業の岩井一郎から工学から音楽・歴史まで多大な影響を受ける。

ソニーの社長、会長を務め同社をソフトとハードの融合した複合企業に育てた大賀典雄氏が23日午前9時14分死去した。81歳だった。(2011/04/23-23:34)

元ソニー社長、音楽家。1930年1月29日生まれ、2011年4月23日死去。 東京芸術大学の学生時代、'53年に嘱託として東京通信工業(現ソニー)と契約。 改めて'59年に入社、井深大、盛田昭夫両氏のもと第二製造部長に就任。 すぐに広告部長とデザイン室長を兼務。 '72年常務取締役、'74年専務取締役、'76年代表取締役副社長、'82年代表取締役社長に就任。2000年に取締役会議長、2003年に名誉会長就任。2006年に相談役となる。 その間、ウォークマンやCDの開発に関与し、現在のソニーブランドにつながる功績を残している。'89年に社長兼CEOに就任してからは、米コロンビア・ピクチャーズ(現SPE)の買収、社内カンパニー制の導入などを実施。 出井伸之氏を後継社長に据えた後は会長となり、出井氏の会長兼CEO就任後は取締役会議長を務めていた。 元声楽家。Philipsの提案したCDの重要性にいち早く気づいた逸話は有名。 出井体制後は、東京フィルハーモニー交響楽団の会長兼理事長も務めている。 妻はピアニスト 松原緑 (引用元 Hatena Keyword)