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庄野潤三 氏

作家[日本]

2009年 9月21日 死去老衰享年89歳

庄野潤三 - ウィキペディアより引用

庄野 潤三(しょうの じゅんぞう、1921年(大正10年)2月9日 - 2009年(平成21年)9月21日)は、日本の小説家。
来歴・人物 大阪府東成郡住吉村(現・大阪市)出身。
帝塚山学院小学校・大阪府立住吉中学校を経て、1941年(昭和16年)12月に大阪外国語学校(現・大阪大学外国語学部)英語科を卒業。
更に九州帝国大学法文学部で東洋史を専攻するが、戦時中の特例措置で繰り上げ卒業となる。
終戦後大阪府立今宮中学校(大阪府立今宮高等学校)の歴史教員となり、野球部長として同校野球部の第19回選抜中等学校野球大会(1947年)出場を率いた。
その後朝日放送に入社し、1955年(昭和30年)に『プールサイド小景』で第32回芥川賞を受賞、「第三の新人」の一人として注目される。
1965年(昭和40年)『夕べの雲』で読売文学賞、1969年(昭和44年)『紺野機業場』で芸術選奨文部大臣賞、1971年(昭和46年)『絵合せ』で野間文芸賞、1972年(昭和47年)『明夫と良二』で毎日出版文化賞、1973年(昭和48年)日本芸術院賞、1978年(昭和53年)日本芸術院会員。

小説家。 1921年(大正10年)2月9日、生まれ。2009年(平成21年)9月21日、死去。 大阪府出身。父は教育者で帝塚山学院の創立者。兄は児童文学者の庄野英二。 教職を経て、1951年(昭和26年)、朝日放送入社。1955年(昭和30年)、芥川賞受賞を機に作家業に専念する。詩人伊東静雄に師事。 1973年(昭和48年)日本芸術院賞受賞。1978年(昭和53年)、日本芸術院会員。 代表作に「プールサイド小景」(1955年芥川賞受賞)、「静物」(1960年新潮社文学賞)、「夕べの雲」(1966年読売文学賞)、「紺野機業場」(1970年芸術選奨)、「絵合せ」(1971年野間文芸賞)、「明夫と良二」(1972年毎日出版文化賞、赤い鳥文学賞)等がある。 (引用元 Hatena Keyword)