芸能人・経営者のおくやみ情報

フランコ・ゼフィレッリ 氏Franco Zeffirelli

映画監督脚本家[イタリア]

2019年 6月15日 死去享年97歳

フランコ・ゼフィレッリ - ウィキペディアより引用

フランコ・ゼフィレッリ(Franco Zeffirelli, 1923年2月12日 - )は、イタリア・フィレンツェ出身の映画監督・脚本家・オペラ演出家、政治家である。
仕立て屋の息子として生まれ、フィレンツェに住むイギリスの上流階級の人々のコミュニティで育つ。
(イタリア人の少年とイギリスの婦人たちの交流を描いた「ムッソリーニとお茶を(Tea with Mussolini)」は彼の半自伝的映画である)。
そのため英語が堪能であり、無党派だった彼は第二次世界大戦の際にはイギリス陸軍の通訳として働いた。
キャリア ルキノ・ビスコンティの助監督として映画界入り。
古典劇をベースにした清爽な青春映画で知られる。
1968年の『ロミオとジュリエット』ではオリビア・ハッセー、レナード・ホワイティングらティーンエイジの役者を主役に起用して世間を驚かせ、シェイクスピアの映画化としては最高のヒットを記録させた。

イタリアの映画監督、演出家。1923年2月12日、イタリア中部のフィレンツェで、仕立て屋の息子として生まれる。45年からフィレンツェの劇場で美術デザイナーの仕事をしていたところ、舞台監督をしていた映画界の巨匠ルキノ・ビスコンティと出会う。その後ビスコンティのスタッフとして演劇界に入り、舞台装置や演出助手を担当した。50年、『ルル』で舞台監督としてデビューを果たす。68年、シェイクスピアの戯曲を映画化した『ロミオとジュリエット』で監督を務め、シェイクスピアの作品としては記録的な成功を収めた。オペラの演出も手がけ、ミラノ・スカラ座でのベルディ『アイーダ』やアメリカのニューヨーク・メトロポリタン歌劇場でのプッチーニ『トゥーランドット』など、世界各地の主要歌劇場で舞台作品を世に送り出した。94年には中道右派政党から立候補し、上院議員も務めた。2019年6月15日、96歳で死去した。 (2019-6-27) (引用元 コトバンク)

「フランコ・ゼフィレッリ」と関連する人物(故人)