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橋本左内(はしもとさない)

福井藩士、幕末の活動家[日本]

(安政6年10月7日没)

1859年 11月1日 死去斬首享年26歳

橋本左内 - ウィキペディアより引用

橋本 左内(はしもと さない、天保5年3月11日(1834年4月19日) - 安政6年10月7日(1859年11月1日))は、江戸時代末期(幕末)の志士、思想家、越前国福井藩藩士。
号は景岳。
諱は綱紀。
著書に15歳の時に志を記した『啓発録』(1848年)がある。
生涯 天保5年(1834年)、橋本長綱の子として越前国に生まれる。
母は小林静境の娘。
弟にのち陸軍軍医総監・子爵となった橋本綱常がいる。
家系は足利氏の連枝・桃井氏の後胤。
祖先が桃井より母姓を冒して橋本姓に改姓して以来、橋本を称する。
嘉永2年(1849年)、大坂に出て適塾で医者の緒方洪庵や杉田成卿に師事し、蘭方医学を学ぶ。
その後、水戸藩の藤田東湖、薩摩藩の西郷吉之助、小浜藩の梅田雲浜、熊本藩の横井小楠らと交流する。
やがて福井藩主の松平春嶽(慶永)に側近として登用され、藩医や藩校・明道館学監心得となる。
江戸幕府14代将軍を巡る将軍継嗣問題では、春嶽を助け一橋慶喜擁立運動を展開し、幕政の改革を訴えた。
また幕藩体制は維持した上で西欧の先進技術の導入を構想し、帝国主義と地政学の観点から日本の安全保障を弁じた先覚者でもあった。

  • 題名
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  • 題名
    岳心流吟詠 第2集
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はしもとさない [生]天保5(1834).3.11.越前[没]安政6(1859).10.7.江戸幕末の経略家,志士。号は景岳。越前藩医橋本長綱の子。幼時から俊秀の名高く,16歳のとき大坂で緒方洪庵の蘭学塾に入門,蘭学,医学を修め,嘉永5(1852)年父業を継いで藩医となったが,ペリー来航による国事多端のおりから,江戸で水戸,薩摩の諸藩士らと時勢を論じ,また藩校明道館教授として藩主松平慶永の知遇を得て藩政に参画。政教一致,文武不岐,経済有用の学を鼓吹して館内に洋書習学所を設けるなど,早くから西洋文明を導入して幕府,雄藩連合による富国強兵政策の展開を必要と考え,藩主の意向に従い一橋慶喜を将軍継嗣に擁立しようと奔走したが(→将軍継嗣問題),安政の大獄に連座して刑死。 (引用元 コトバンク)