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久保栄 氏(くぼさかえ)

演出家、劇作家[日本]

1958年 3月15日 死去自殺享年59歳

久保栄 - ウィキペディアより引用

久保 栄(くぼ さかえ 1900年(明治33年)12月28日 - 1958年(昭和33年)3月15日)は日本の劇作家・演出家・小説家・批評家。
代表作に『火山灰地』、『のぼり窯』などがある。
1900年、北海道札幌市で生まれる。
野幌煉瓦工場社長、札幌商工会議所会頭を務めた久保兵太郎の次男。
1903年伯父熊蔵の養子となり上京、芝区西久保八幡町に住む。
1906年10月、養父母の離婚問題で札幌に預けられ、同地の小学校に入学。
1910年、養父の再婚に伴い再び上京、京橋区木挽町に住む。
京橋小学校時代、養母と歌舞伎見物始まる。
府立一中から第一高等学校に入学する。
入学前に「三人の樵夫の話」を書き、春陽堂書店の雑誌『中央文学』主催の「北村透谷賞」(選者:島崎藤村)に応募、入選して同誌に載る。
一高の寮では和達知男(気象庁長官和達清夫の兄)と知り合い、親しく付き合う。
後のライバル村山知義とも同寮であった。
進学した東京帝国大学ではドイツ文学を専攻し、卒業とともに築地小劇場に入団、小山内薫や土方与志について演劇を学ぶ。

くぼさかえ [生]1901.1.2.札幌[没]1958.3.15.東京劇作家,演出家。東京大学独文科卒業。1926年,翻訳が機縁となって築地小劇場文芸部に入る。小山内薫に師事し,土方与志の助手をつとめた。新築地劇団,左翼劇場を経て,34年新協劇団を結成,40年の弾圧による解散までプロレタリア演劇の流れを守った。社会主義リアリズムにのっとった創作方法を提唱し,『火山灰地』(2部作,1937~38)をはじめ,『中国湖南省』(32),『五稜郭血書』(33),『林檎園日記』(47),『日本の気象』(53)などを書いた。特に『火山灰地』は社会主義リアリズム理論をみごとに戯曲に形象化したものとして,新劇史に特記される。また,『夜明け前』の演出は新劇史に一時期を画したといわれる。58年みずから命を絶った。 (引用元 コトバンク)