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佐々淳行 氏(さっさあつゆき)

元警察官僚、評論家[日本]

(初代内閣安全保障室長)

2018年 10月10日 死去老衰享年89歳

佐々 淳行(さっさ あつゆき、1930年12月11日 - )は、日本の警察官僚。
危機管理評論家。
生い立ち 熊本県出身の政治学者で、後に参議院議員を務めた佐々弘雄の次男として、東京市麻布区(現・東京都港区)に生まれる。
戦国武将・佐々成政の末裔の家系でもある。
6歳のとき自宅近くで二・二六事件が発生。
その戒厳下の体験が危機管理人生の出発点となったという。
旧制成蹊高等学校を経て、1954年(昭和29年)3月に東京大学法学部政治学科を卒業。
東京大学在学中は、学生研究会土曜会の中心メンバーとして活動し、若泉敬、粕谷一希らと交流を持った。
教授の堀豊彦からは助手として学問の道に進むことを打診されるが、朝鮮戦争や過激化する左翼運動といった世相の中、ウィリアム・ジェームズの『宗教的経験の諸相』に感化され、国家地方警察本部(現・警察庁)に入庁した。
若泉は保安研修所(現・防衛研究所)入りし学究の道に入った。
粕谷は佐々が学者、若泉が実務家の適性を持っていると思っていたため、それぞれの選択を意外に思ったという。

元官僚。評論家。 1930年(昭和5年)12月11日、生まれ。2018年(平成30年)10月10日、死去。 第二次中曽根康弘内閣、後藤田正晴官房長官の元、初代内閣総理大臣官房・内閣安全保障室長として知られる。「危機管理」の言葉を作った。 20年に及ぶ警察歴任の間、ケネディ暗殺事件調査、東大安田講堂事件、新宿騒擾、連合赤軍あさま山荘事件、よど号・ドバイ・シンガポール事件など一連のハイジャック事件、金大中事件、フォード大統領・エリザベス女王訪日警備、連続企業爆破事件、沖縄ひめゆりの塔事件などの事件処理を指揮。 外務省出向・香港領事として在任中には、香港暴動、マカオ事件、サイゴン・テト攻勢などで主に在留邦人の保護を担当。9年間の防衛庁出向では、ブルーインパルス墜落事故、KAL撃墜事件などの事件処理の任を果たす。 1986年(昭和61年)に初代内閣安全保障室長に就任。以後、3年間に三原山噴火、ソウルオリンピック警備、なだしお事件、大喪の礼、治安警備担当委員としてその任務を果たした。 英国C・B・E勲章、ドイツ連邦殊勲十字章、米軍民間人功労賞受賞。 2001年(平成13年)には勲二等旭日重光章受章。 1954年(昭和29年)、東京大学法学部政治学科卒業。国家地方警察本部(現警察庁)入庁 1965年(昭和40年)、在香港日本総領事館領事。帰国後、警視庁外事・警備・人事課長 1972年−1975年(昭和47年−昭和50年)、警察庁調査・外事・警備課長 1975年(昭和50年)、三重県警察本部長、その後警察庁刑事局参事官 1977年−1986年(昭和52年−昭和61年)、防衛庁出向。教育参事官、人事教育局長、官房長、防 …… (引用元 Hatena Keyword)